彼がケロタニアンになった理由
黒作
第1話 こんなバイト
::ノーサンクス。NOSANKS。電脳世界。
チンピラいりませんか。
絡み方、程度、引き際、ご要望に誠実にお応えします。そんな感じで。
***
「おねーえさん、俺とお茶しない?」
「彼が来るまでだったらいいよ。あんたみたいな、セコくてブサイクな雑魚チンピラも、たまにはいいかもって思ってたんだ」
やだもーにくらしーい! これだからうちの客は。
見た目清楚な神官娘は、したたかな笑顔を俺に向け、
「で、も、ねー?」
甘ったるい声で語尾を引っ張るや、笑顔を消し。
「中世ファンタジーだっつの、なにがお茶だそれでナンパのつもりか? あんた中身いるんでしょ、もっと勉強しなさいよ。サービス不良で訴えるぞ、こっちは高い金払ってんだ!」
立て板に水、一気にまくしたててくる。こわいこわい。
その神官娘の唇に、俺は自分の人差し指を当てた。
「お姉さん、メタ注意報出てるよ。俺親切だから教えてあげちゃうけど」
神官娘の顔色が変わる。
「……あんた、GM?」
「ふうん」
唇から指を離し(ほんとはヤバいんです、客の体で許可なく触れていいのは肩と手だけ)、笑って見せる。
俺の今のアバター見た目はガリガリ・猫背・釣り目の三白眼と、いかにもな雑魚チンピラ。目を細めて口端を上げれば、小悪党の笑みだ。間違っても、ヒロインの心をきゅん掴みするそれではない。
「お姉さん、GMに会った事ないね。あれはね、会った時点でもうレッド。こんな軽口たたかねえよ」
明らかに安堵したようで、クソ生意気な神官娘は息を吐き、少し肩を落とす。
「……脅かすんじゃないわよ、つまりあんたは何の権限も持ってないんでしょ」
「いいね、気の強い神官様。というわけで、改めて俺とデートしない? 魔岩窟でアラフィタいじめて遊ぼうぜ。奴らの麗しーい妖精の涙で首飾り作ったら、いい値がつくの、知ってるっしょ」
神官娘の手をつかむ。わりと結構、強めの力で。
「悪趣味。どうせあんたひとりじゃアラフィタに勝てないくせに」
勢い良く手を払われる。
ここでの俺の設定は、高レベル冒険者にうまく同行して甘い汁を吸おうとする寄生冒険者。うちの対人乙女ゲー、育成や冒険要素も大きくある。さて、そろそろかな?
「レイナ!」
彼女の王子様のお出ましだ。いや、騎士なんだけど。
呂衣さん、さすがのタイミング。演じるアクターはベテランで、どのゲームでも安定した人気を誇る御大。さて、チンピラ(俺)は、騎士様の鎧についた紋章を見て驚いて逃げ出しましょうね。
「アサーク、遅いよ。変なのに絡まれちゃったでしょ」
「絡まれた?」
背中で会話を聞きながら、エリアアウト。
このあと、気の強い神官娘レイナにぞっこんの美形騎士アサークは、チンピラに絡まれたことを聞いて嫉妬する。そしてヤンデレ発動。あの神官娘さんはあれでマゾっ気あるから、さぞ喜ぶことでしょう。『ゲームすれしてて気の強いマゾ子さんだから、内心ちょっと喜ぶ程度に虐めておいて』それがアサークアクター呂衣様からのご指示でした。
お母さん、俺の仕事はこんなのです。
***
俺がサポートアクターとして契約してる対人乙女ゲーム『ラナテルデスの花冠』。タイトルから内容がさっぱり想像できないが、カテゴリは女性向け・男女恋愛で、正統派冒険ファンタジーを謳っている。恋愛パートと冒険パートを繰り返して、お目当てのキャラと恋愛をする。
ストーリーとしては、「女の子はラナテルデスの花冠を手に入れれば幸せになれる」てな伝説がありまして、攻略対象のキャラクターと関わっていくとそれぞれの視点から物語が展開し、ラナテルデスの花冠とはなんぞや、というのがちらりちらりと見えていくという仕組み。
アクター104人、サポートアクターありの大型タイトル。アクターはメインアクターとも言って、攻略対象の男キャラを演じる役者のこと(いわゆる中の人)。サポートアクターは脇役を演じる役者のことで、これが俺の身分。ちなみに、低予算のゲームタイトルだと、サポートアクターなし。脇役はプログラムで済ませて、人件費を削るってわけだ。
「おいアカツラ」
「あい?」
「おまえ次、俺のとこ入れよ」
楽屋に戻ったばっかりのとこでかけられた声が、これ。アカツラって俺のこと。
「イアンザークさん、俺次、リヒテンさんとこっすよ」
「すぐだ、すぐ。20分程度だから問題ないだろ」
いやあるだろ。俺は今から60分休憩だっつの。イアンザークさん、つまり休憩を削れと言っている。
はっきり断ろうとして、楽屋の面子からの注目に気づく。50分枠が終わったこの時間は、楽屋は引けてくる人達でにぎわう。わざとここで言ってんだよなあ。
「……わかりました」
礼はもちろん、返事もなしです、はい。
イアンザークさん。仏頂面で性格の悪いイケメン暗黒騎士。この人は楽屋でも演じるキャラの姿のままで、性格もそのまま演じ続けている。俺はこの人の素を、名前も顔も知らない。
「反応薄くて動じない女だからな。キツめにびびらせろよ」
「うえっ」
唐突に首に手を突っ込まれた。イアンザークさんは俺のチョーカーをつかむと、そのままシナリオを強制的に流し込んできた。
このチョーカー、ゲーム情報の共有や身分証明なんかのために俺らサポートアクター全員に配られてるもんなんだけど。いくら電脳世界だからって、こんな渡し方はイヤなやつでしかない。くそが客寝取ったろか。できるわけないけど。
……いや、まあ。
こんだけ入り込める人でもないと、対人乙女ゲーのナカノヒトなんてやってらんないのかもな、とも思うんだけどさ。
ここは、そういうのを楽しむ世界。
リアル切り離して歯の浮く台詞が言えないようじゃ、高級取りのメインアクターになんてなれやしない。まともで勤まる仕事じゃない。ここじゃ、俺じゃなくて、あんなの(イアンザーク)がまともなんだろう……
と、自分に言い聞かせ、シナリオチェックを始めた。
普段だったら、テキストファイルでも本のビジュアルにして、手にもってページ繰って読むのが好きなんだけど、時間ないから意識内で再生して通読。
えーと、客の名前は『ライラン』。気が強い武闘家娘、お化けも暴漢も怖がるどころか燃えて立ち向かっていくタイプ……、え、これを脅かすの?
『反応薄くて動じない女だからな。キツめにびびらせろよ』
そういやそんなこと言ってたな。結構結構なことしないとだめってこと?
いやだなー、俺この客はじめてだから性格わからないし、サポアクからの脅しってクレーム案件お得意さまじゃん……。ほんと、ろくな仕事まわしてこないな。あの人。
ちなみに、こういうふうにアクターからの指示通りにやって客からクレームついた場合でも、アクターの指示だったってことは絶対に明るみにはでない。メインアクターは客を裏切ってはいけないからだ。なんかあっても、運営やサポートアクターが泥かぶるのが決まり。夢売ってんだからそれが正しいのはわかるけど、中身の感情が波立たないほど俺の人間はできていません。
今日のサービスの流れとしては。
開始早々、悪役(俺)がライランをさらう。この悪役は、暗黒騎士イアンザークに恨みを持っている。
恐らく自力で逃げようと暴れるだろうから、一度わざと逃がしてから追いかけて戦闘、ここで俺が勝って再び彼女をつかまえる。捕まえたあと、もしくは逃げない場合はそのまま、ライランをいたぶる。
で、頃合を見て暗黒騎士様登場、彼は傷ついたライランのために封印していた回復魔法を使い、ふたりで俺ら悪役を倒す。……そう、といてしまうの、ふういんを! 手がぷるぷるする。
それにしても、悪役の設定くらい作っといて欲しい。10分で設定作れって投げ過ぎもいいとこだろ。
急いでイアンザークの設定をチェックする。彼のサポート自体は何度もやってるし、設定もわかってるんだけど、間違えると殺されるから確認は毎度欠かさない。
今回俺に求められているのは一発限りの当て馬だから、わかりやすくベタな悪役が相応しい。イアンザークに逆恨みしたやつが、ヤツの女を狙った、でよかろ。イケメンで強いってだけで、敵なんて作り放題だよね。
ってことで、彼の聖騎士時代に、決闘して婚約者の前で恥をかかされ、その後、身を持ち崩した同輩、に決定(そう、暗黒騎士イアンザークさんは過去は聖騎士だったのだ! 担当ライターさんの口癖は『生まれたときからの堕天使と暗黒騎士はいない』、普通にオタクないい人です)。
設定が決まったら、次は客側のゲーム歴をチェック。ここでは、どんなゲームをどれだけやってきて、どんなキャラを気に入ってきたかを見ておく。
って、あら。この客(こ)、このゲームが初めてなのかな?
他ゲームの履歴がなく、イアンザーク以外のフラグもさっぱり立っていなかった。
なら、無難なところで一途な子ってことで想定しておこうか。乙女ゲー初心者は、一途プレイになる人が多い。
サービス開始2分前。急いでアバターを用意。一発屋的悪役でも、アバターの使いまわしはできない(このタイトルでそんなセコいことやったら、運営にぶっとばされる)。基本モデルを選んでランダムで特徴づけ、何度かチェンジを繰り返して、熊系マッチョのブサイク男ができあがった。
身長2メートル、岩のように盛り上がった硬い筋肉に、顔にでっかく走る傷跡。蛮族っぽい鎧を装備して、武器は両手斧を片手で振り回す。これで元騎士って、転落しすぎだな。
お供となる雑魚もランダムで8人生成して、調整。そのうちの1名を魔法使いにして、適当な魔法をもたせた。これでライランひとりだと勝てないが、イアンザークさんとふたりなら余裕のはずだ。雑魚の人数多いけど、武器はランスだし、蹴散らして派手な感じの演出も狙える。
よーし、いきますよー。
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