マリア

 あのバーにいた、私以外の人は全員死んでしまった。人が死ぬなんて数百年ぶりのことで、当然大事件として国中に広まった。

 ロッカーもそのうちの一人で、いつも未来を見据えていた瞳の焦点が合わなくなっている。

 私は八つ裂きにされるような苦痛と、元凶を八つ裂きにしたいという欲望に駆られた。

 『シャ・ノワール』のマスターは留置所で隔離されていて、私は警察の人から事情聴取を受けている。

「あの人は、なんであんなことをしたんですか?」

「ある日、あのレコードを手に入れたらしい。日々の繰り返しに飽きていて、『なんだか急に魔が刺して』とかなんとか言っていた」

 角ばった体つきの警察官が答える。

「なんであの人は死ななかったんですか?」

「ずっと耳栓をしていたらしい。あとは、あの勇者の少年が言うように、心を止めるようにして」

 どうやら調査によると、レコードには他の呪いもかけられていたらしい。人に潜む殺人衝動を高める呪いだ。

 そうなるとマスターも一被害者と言えるようになり、警察はその処分に困る。そして結局、永久隔離という道が選ばれた。


 その三日後、私はずっと考えていた。やはり私は、魔王を許すことができない。ロッカーはもう帰ってこない。夜の世界と同じように、私の心の中は渦巻いていた。私も死んでしまえたら楽だったのに。

 毛布にくるまってロッカーのことを思い出していると、ノックの音が転がり込んだ。

「大丈夫か?」

 シューマくんの声だ。私は一つの、私のための案を思いついた。よろよろと立ち上がり、扉を開ける。シューマ君の隣にはアイネくんもいた。

「お、ああ、いや、どうしてるかなと思って」

「あの!」

 シューマくんは大きい声に驚いたようだ。私も驚いているが、アイネくんは表情のひとつも変えなかった。

「私も連れてってくれませんか?」

「え」

「私、回復魔法とか使えます」

 だめで元々の案だ。否定の言葉を待っていた。

「マリアがいいなら僕たちはいいけど」

 アイネくんが飄々とした顔でそう答える。

「いいの?」

「もちろん。なんなら誘うつもりできたんだ」

「嘘つけ」

 二人の雰囲気に飲まれて、私まで少しずつ元気になる。どこからかロッカーが暖かい眼差しで見つめてくれている気がする。

 こんな希望に満ち溢れた朝にも、私とロッカーの思い出の中では夜の音楽が流れ続けている。



第九話

『美しい記憶』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る