シューマ

 バー『シャ・ノワール』に寄ったのはロッカーやマリアに会うためだった。調査もひと段落つき、なんだか喉も渇いていた。

 そして、開いた扉の先には死屍累々が広がっていた。その中をマリアが動いている。よく見ると、奥の方でマスターと思しき老紳士がコップを拭いている。

「あ、ああ」

 マリアは焦りのあまり言葉が上滑りしている。それでも、指でマスターを指している。

 俺とアイネは顔を合わせて、武器を取り出した。


 マスターが現れた! まだこちらには気が付いていない


 マリアはまだ落ち着きを取り戻せていない。

 一度様子見をすることにする。深く息を吸い、体に流れる生命を手で包むように意識する。体が軽くなった。

  アイネも守備呪文を唱えて敵の次に備えた。

 マスターは回っているレコードプレーヤーに手を伸ばし、その回転速度を高めた。

「気、つけろ。それは、聞いたら死ぬ曲」

 ロッカーが衰弱した声で俺たちに注意する。マリアが回復魔法を維持しているおかげか、ロッカーはかろうじて意識があるようだが、喋ったせいで咳と共に血を吐いた。

 早く戦闘を終わらせなければならない。


 俺は剣を握り、切り掛かる。しかし、マスターは太刀筋がわかっていたように避けた。

「やっぱりそうだ」

 俺の行動を見て、アイネは言った。

「ちょっと思っていたんだよ、マスターはベルがなっても気が付かないほど耳が悪いのに、僕たちの注文は違えないんだ。多分彼は、心が読める」

「どうやって」

「呪いの応用だよ。自分に、近くの人間の心の声が流れ出てくる呪いをかけているんだ」

「頭いいな」

 それならどう拘束すればいい。アイネは一応、店の壁に炎呪文を使ってみたが、市販の耐火魔法を敷かれているのか、効果はなかった。そうしている間にも、マスターの手で『死の音楽』が加速され、死が刻一刻と近づいてくる。

「それ、俺にも、できるか?」

 ロッカーが声を絞り出す。

「ああ、脳内でルールを明記して、血を垂らして魔法を使えばできる」

「ちょうどいい」

 ロッカーは苦しそうな表情を見せた後、マリアを見た。

「ごめんマリア。呪いを、かけた。指を鳴らしてから、ピアノを弾けば、思い浮かべた人を、拘束できる」

 ロッカーは見てわかるほどに衰弱していく。死、という言葉が頭に浮かんだ。それでも、ロッカーは口角を上げて、はっきりした声で言った。

「俺、マリアのピアノが大好きなんだ」

 マリアが涙を流し、手を離す

「夜の世界を、弾き殺してやれ」

 ロッカーはめをとじてしまう。マリアは立ち上がり、古びたピアノの蓋を開けた。一度深く息を吐く。

 マリアが指を鳴らし、両手を鍵盤の上にそっと置く。演奏が始まった。

「聞いたことがない曲だ」

 聞く限り、夜の音楽だった。マスターはため息をついた後、動きを止めた。というか、止められた。「さすが、ジムノペディスト」がロッカーの最後の言葉だった。



第八話

『暖かい最期』

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