マリア
市場近くの、大きなレコードが目立つレコード屋。もう一度あの紳士の言葉を繰り返した。たぶん、その建物は目の前にある
閉店間際にも関わらず人で賑わっていた。常に音楽を聴く国民達にとって、レコードなんてあればあるほど良い。
「そういえばレコード屋って、この国で唯一音楽が聞こえない場所じゃないか?」
「たしかに」
人が多く集まる分、喧騒も音量を増す。しかし、人の生活音や話す声にも様々な種類がある。一度音符の波から離れて人間の音に耳を傾けてみるのも良いかもしれない。
「この国じゃどんな音だってメロディになるってな」
「それは誰の名言?」
「シューマ」
「彼は将来偉大になるなあ」
「世界を背負って立つ男だからな」
だんだんと店内の雑音が減っていき、スピーカーから本来ずっと流れていたはずの音楽が聞こえはじめる。人が次々と店から出てきた後、店員と思しき女性が店頭から出てきた。所作は可愛らしく、美しく黒光する髪が美しい。
「すみません、ちょっと聞きたい話があるのですが」
ロッカーが物怖じせず聞きに行く。ちょっとだけ安心した。女性は訝しげな顔をして、こちらを見定めるように睨みつけた。
「なんですか?」
たった5文字の言葉には少しの棘と警戒心が滲み出ている。
「あの、『聴いたら死ぬ音楽』について、えっと、何かご存知と伺ったので、それを機か会えていただければと」
地震と比例するように、だんだん声が小さくなっていく。不安になって、「あ、よかったらでいいんです」と付け加えた。それでも不安は拭えない。女性は少し警戒をといたようで、少し目線を外した。何か考えるような仕草をする。
「じゃあ、おいで」
手招きしながら店内に入って行く。私たちは顔を見合わせて、結局女性について行くことにした。どうせ死にはしない。
女性は棚の前に立つ。膨大な量のレコードが蓄えられた棚だ。女性は澱みなく梯子を持ってきてのぼり、たくさんの円盤の一つをとってきた。それを私たちに見せつける。男がピアノの前で逆立ちする写真が印刷されている。
「この曲の作者知ってる?」
女性はそう聴いてくるものの、私は知らなかった。どうやら、ロッカーも知らないようだ。
「私が知ってる、聞いたら死ぬって曲の作曲者。『ビーフストロガノフ』って人」
第五話
『美しい女性』
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