シューマ

「これを見てほしい」

 いつもより一層薄暗い石の壁に囲まれた場所で、アイネが松明で照らした石板に俺は視線をやった。古代文字が書かれている。あいにく、俺には学がない。

「信じられないくらいにようやくすると『勝ったやつは負けたやつのために、世界に墓を作った』と書いてある」

「つまり?」

「そういうことだ」

 悲しいことに、俺は何もわかっていない。一度『負けたやつの墓』を想像してみる。

「だめだ、俺ら死なないから墓がどんなのか分からない」

「それはそうだけど」

 アイネはミステリーにおけるどんでん返しを披露するときのような、にやけた顔をした。

「他の文章と照らし合わせると、この敗者と勝者はそれぞれ前勇者と魔王を指していると考えるのが妥当だ。と、この国の考古学者は言っている」

 前勇者は魔王の誘惑に負けて、世界の半分を支配しようとした。その結果、今の闇に包まれた世界があるわけだ。

「自分の見解みたいに引っ張るじゃん」

「歴史好きは皆そういうものさ」

 彼は少し寂しそうに言った。疲れたのか、アイネは近くの椅子に腰を下ろした。ここはアイネの実家の倉庫だ。アイネが幼い頃にいなくなった彼の父親は、考古学の第一人者だったらしく、その遺された集積がこの倉庫に詰まっている。

「話を戻すけど、この文章には続きがある。『敗者はそこに死への道の書を埋めた』とね」

「死への道の書。死に方ってことか?」

「おそらく。つまり、この世界のどこかに勇者の墓があって、その約2m下シックスフィートアンダーに死に方を記したメモがある」

「それが、魔王討伐に関係あるのか?」

 彼は勢いよく首を振り、「大有り」と言った。声が少し大きくなって、石壁に反響した。俺は驚いて体を微妙に震わせる。何か砂のようなものがパラパラと落ちる音がした。

「僕の考えだと、このままじゃ魔王は死なない。なぜなら、魔王の呪いの効果範囲には、魔王自身も入っている可能性があるからね」

「確かに」

 今度は俺が大きな声を出してしまう。それでもアイネは無反応だった。

「そこで役に立つのが?」

「そのメモだね!」

 伏線回収ものの小説の佳境のような気分に陥る。この心地よさがたまらない。しかし落ち着いて考えると、俺たちは魔王の居場所は愚か、魔王の根城すらわかっていないのだ。道中の国や街で調べようと思っていたが、魔王討伐への道がさらに遠のいた気がする。

 しかし、意外とこの国にもヒントはあった。

「灯台下暗しと、誰かが言った」

 自分で言ったものの、そこには少し悲哀が混じっている。世を憂う哲学者になった気分で、ちょっとだけ嬉しかった。



第四話

『遠い道のり』

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