シューマ

 ほのかに香る木の匂いが鼻をくすぐる。眼鏡をかけた青年が本のページを捲る音が静かな部屋に響いている。それとは相対的に、俺は落ち着きもなくずっと動いていた。

「いよいよ二週間後か」

「そわそわするには少し早くない?」

 俺が緊張している傍ら、アイネは安楽椅子に座って読書をしていた。随分と古びた小説で、アイネは何度もそれを読んでいる。旅に出るまで、あと二週間しかない。そう思うと、いてもたってもいられなかった。

 月が完全に光を失い、夜になった。太陽がなくとも、やはり夜になれば肌寒くなる。俺は暖炉に薪をくべて、炎呪文を唱えた。

「オージュ」

 開いた手のひらから火が飛び出て、木が炎に包まれていく。松明たいまつのみで保たれていた部屋がたちまち明るくなる。

 せっかくだからと、部屋の端にある棚に手を伸ばし、レコードを一つとる。明かりついでについでに音楽もみたした。太陽を歌った明るい歌ではあるが、なんだか変な拍子だ。それでも気分は上がるのだから、この音楽家は素晴らしいということだろう。

「もしこれが、死の歌だとしたら面白いなあ」

 小さな声で呟くと

「シューマ、君は勇者に向いていないんじゃないか?」

  とやはり冷静に指摘された。俺は勇者の子孫らしく、どうやら魔王を倒す力があるらしい。そういうわけで、ちょっとだけ自惚れている。

「この街に残された呪いなんだろ、死の歌ってのは」

「そうらしいね。確か、マリアとロッカーが調べているんだっけ」

「シャ・ノワールに入り浸ってな」

 マリアとロッカーは俺たちの友人だ。マリアの母親が『ヒト』状態になってしまったらしく、殺してやる方法を模索しているらしい。

「俺たちも、頑張らないとな」

「まあ、適当でいいさ」

 肩透かしを食い、なんだかやる気を削がれた感じがしたから、俺は不服そうな顔をしてみせた。

「本当に、魔王ぶっ倒したら呪い解けるんだよな?」

「そうだ。呪いを解く方法はたった一つ。かけた側を殺すことだけだ」

「じゃあ俺がお前に、クッキーを食べる際に絶対歯にちょっと残る呪いをかけたとしたら?」

「シューマを殺すしかないね」

「いやだ、俺はまだ死にたくない!」

「まず呪いをかけるな」

 乾いた笑いも部屋に満ちた。アイネは魔法学に精通していて、ついでにメガネをかけている。頭のいいやつだ。俺が肉体で、アイネが魔法で戦う。負ける余地なしの最強コンビである。回復術をどちらも使えないことを除いて。

「なんか、あれだな。暇だし、俺らも魔王について下調べくらいはしておくか?」

「僕は構わないけれど」

 意外とこの国には歴史的資料が残っているんだ。と、アイネは嬉しそうにした。

「急がば急げと誰かが言った」

 俺は自慢げに言ってみる。

「ずいぶん適当で、良いね」

 俺はもう一度この曲に耳を傾ける。そういえば、この奇妙な音楽の作者は『ビーフストロガノフ』と言う名前だった。


第二話

『腕のいい音楽家』

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