アルビノ
……セットしていたアラームが鳴りだしてビクリと体が反応する。朝か。じゃ、そろそろかと、視線を部屋のドアに向ける。
ほどなくして、ドアがガチャリと勢いよく開いた。
「おはよう、日向ちゃん!今日も素敵な朝だね、でも外は生憎と雨なんだ!でもこの部屋にはまったく影響なさそうだね!」
「ええ、まったくないわ。おはよう」
「じゃ、学校行こうか!」
「いいえ、行かない」
「そっか!じゃ、また放課後だね!」
ドアはガチャリと閉まり、階段を勢いよく駆け上がっていく足音が聞こえた。
いつも通りの朝である。
地下室中のロウソクが、扉がしまった勢いで未だに揺らめいているが、これもいつも通り。
(確か今日の昴の授業は5時間目までよね。習い事も確かなかったハズだからウチに来るのは……)
静寂の戻ると私は頭の中で昴が次来る時間を予想して、そこから逆算して今日のスケジュールを立てていく。
正直分からなかったのだもの、仕方ない。
産まれたての赤子に髪は生えてない事も多いし、肌は赤か白いに決まってる。
それでも私に『日向』と名付けたネーミングセンスは知らなかったとはいえ素晴らしいと思う。
名付けた経緯を聴いたところ、なんか「太陽のように皆を温かな気持ちにさせる人になって欲しかった」らしい。
なんだか皮肉めいた結果に終わってしまってゴメンなさい。
そんな日向と名付けられた私はよく泣く子供だったらしく、あまりによく泣くので私の異常性に気づくのもすぐだったらしい。
すぐに若い頃の私は大学病院に移送され、暗所に連れていかれた。
そんな私は日常生活に支障が出るレベルで体中の色素が薄い。メラニンが圧倒的に足りていない。
「ねえ、なんでヒナタはパパとママと違うの?」
幼い頃の私は、ある日鏡を見て両親にそう言って困らせたらしい。まあ、数年前だからまだ覚えているんだけど。
あの時の2人の困った顔は未だに目に焼き付いてる。
でも聞きたくもなる。私の白い髪、白い眉、白い肌にやたら赤い唇と緑色の瞳。
困らせたくはなかったんだけどね、単純に疑問だっただけで。
それ以来、容姿については口にはしないようにしてる。
うちの家はいつだってカーテンが閉められている。間接照明で、いつだってほの暗い。
日向って名前を付けたぐらいだもの、明るい家庭に憧れていただろうに、本当に申し訳ない。
ある日、ママが私にたっぷりとクリームを塗りたくった。厚着させられ、帽子を被せ、サングラスを装着させる。
そうして完全武装した私を抱っこすると、玄関の扉を開けた。
ま、眩しい!?
正直ギャン泣きである。珍しく年相応にガチ泣きした。でも私はパニックに陥っていたのだ、何も考えらず感情をそのまま表に出してしまった。
それからママは慌てて室内に戻り、私を宥めるのに必死だった。
それ以来、私は外出を免除されている。
幸い、私は大人しく、頭も少しだけ周りより賢かったみたいだし、すぐに一人でお留守番も許して貰えるようになった。
親のルールはちゃんと守ったし。まあ、こっちも必至だ。なにせ親の信用を得られなければ外に出なくてはいけない。
そのうち家は改築され、地下室が設けられた。そこが私の子供部屋。
そこに私は引きこもっている。ママもパパも不満そうだったけど、ごめん、地下室マジで居心地よすぎるんだ。
でも夜にはちゃんと地上に出て、リビングで一緒にご飯も食べてたし、妹と遊んだりもしてた。
2つ歳の離れた妹との仲は普通である。
ある日何気なく妹に聞かれた。
「なんで髪白いの?」
無邪気な問いである。
「なんでだろうね?気持ち悪いよね」
荒んだ回答である。
「んー?キレイだよ?どうしたら白くなれるの?」
無邪気な感想である。
「わ!?おねえちゃん、どこか痛いの!?ママーっ!!」と、ママが駆けつけるまで、しばらくの間妹に慰められ続けた。
仲は普通である。ただし姉は妹にメロメロである。
「やあ、日向ちゃん!素敵な昼下がりだね!生憎と雨だけど!」
「そうね、素敵な昼下がりね。随分と天気なんて気にしてないけど」
「昴お兄ちゃん、さっきぶり!」
「やあ、さっきぶりだね陽香ちゃん!」
午後、妹とテレビゲームを私の部屋でしていたら、昴がやってきた。
時計を見る。うん、予想通り!雨だからね、ちょっと遅くなると思ってたんだ!
「はい、今月の学級通信!」
「ありがとう」
私は昴からA4紙を受け取る。
律儀な話と思う。入学式から不登校の私にも毎月学級通信は手渡される。
一応担任の先生とは顔を合わせている。というか、最近会った。
不登校でも毎年家庭訪問してくれる。私もそれに応えて顔を会わせてる。
でもそれっきりだ。毎年家庭訪問で一度だけ、私の先生の顔を知り、そして忘れる。
「今日は何やってるの?僕も混ぜてよ」
「イヤよ」
「わかった」
妹の手によって、ゲームは中断されメニュー画面に戻った。
「なにする?」
「……」
「悩むね!」
私は諦めて、昴が悩んでる間に学級通信に目を通す。
「ねえ、山田に言っててくれる?最近質が落ちてるって。今回とか、去年の12月とオチ被ってるじゃない」
「えぇ?クラスメイトなんだし自分で言いなよ?」
「イヤよ」
「でもダメ出しだけじゃ可哀そうだよ、せめて改善案とか」
「オチが被るならそれでもいいの。なんならいっそ、踏まえてもっとハッちゃけて良かったの。今回は中途半端なんだよ。
あと他に代案として、2コマ目もモブの表情が気になったからそっちで膨らますのもアリだったんじゃないかな?……と、伝えてくれる?」
「……わかった」
「それはさておき、林間学校って今月末なのね、楽しみね?」
「え。日向ちゃん、来てくれるの!?」
「私は行けないわ。昴が楽しみだよね、って話よ?」
「えー……」
「いえ、これはムリよ?行かないんじゃないの、行けないのよ」
さすがに一泊するのは不安定要素が多すぎる。
「なら、あんまり楽しみじゃないよ」
昴は不満そうに言った。
「ね、学校行こうよ?」
「イヤよ」
「いいなー、林間学校。私も一緒に行きたいなぁ」
「陽香ちゃんは、2年後だね!」
「そしたらお姉ちゃんも、昴兄ちゃんもいないじゃん!」
可愛い事をいう私の可愛い妹は、不満そうな表情でもやっぱり可愛かった。
昴には一応話している……というか、口を滑らせてしまったのだけど。
私は単なる不登校児なのである。
こんな体質なので紛らわしいのだが、私はただ学校に行きなくない女児だ。
「この体質は雑に数えると2万人に1人の割合なの。つまりね……珍しくないのよ」
妹は習い事で、二人でゲームをガチャガチャしてる時に、ふとそんな話になったのである。
「薬とかで治るものではないけれど。そういう珍しくもない人たちは、アレコレ制限はあるものの人並みな生活を送っているのよ」
自分の体質の事だ。気になって結構な頻度でネットで調べた。
視力が弱かったり、紫外線に弱かったりでアレコレ制約はあるけれど、みんな日常を送ってた。
日焼けクリームを塗って、サングラスをつけ、帽子を被り、長袖を着て、日傘を差して……そうして仕事に行ったり、学校に出掛けてた。
偉いな、って思う。
私には無理だ。こんな眩い世界、私には無理だ。無理過ぎるよこんな明るい世界。
私はひっそりと薄暗い中で一生を終えたい。なるべく誰にも迷惑を掛けずにひっそりと。それを望む。
「そうなの?じゃ、学校行けるんだ?」
「は?」
こいつは何を聴いていた?
「行きたくないの」
「でも行けるんだよね?」
そうして昴は毎日私の家に来て、学校に行こうと誘うようになる。
学校帰りに毎日私の家に寄り、学校からのお便りを私に手渡し、ゲームをしながら学校で起きたアレコレを私に報告する。
え、出会いはなんだったかって?
ただ家が近所で学校からの配布物を毎回届けに来てたってだけだよ!
それがいつのまにか家に上がり込んで、ゲームをしてくようになって、いや、本当に迷惑なんだけど!?
「ねえ、昴兄ちゃん、早く選んでよ?」
「ちょっと待って、ココは慎重に……」
妹と仲良くなってるのも微妙にイヤなんだけど!
っていうのが、5月の話で。今はもう12月頭。いやいや、季節の巡るのは早い。それは小学生であっても引き籠りの身空であれば尚更。
地下室だから季節感もないしねー?
でも12月なんだ。それは昴達の服装でも実感してる。
「山田にね、一皮むけたね、って伝えててくれる?」
「それ絶対喜ぶ!あいつ、日向からの評価すげー気にしてたから!」
「そうなの?」
「うん!」
「そうなの……」
なんでかな、って思う。山田にも、昴にも。私に何の価値もないのに。なので私はある決断をする。
「ねえ、昴?」
「なに、日向?」
「もう来ないで」
「え」
私はプレイ中だったけどゲーム機の電源を落とすと、昴に顔を向けた。
「いい加減迷惑。ずっと断ってたじゃない。学校なんて行かない。諦めて」
「でも僕は日向と」
「イヤだって言ってる。これからも変わらない。ね、だから帰って。そして来ないで」
「ちょ!?」
私は嫌がる昴を無理やり立ち上がらせると、部屋から追い出した。
それから。
二日経っても昴は来ない。毎日来てた昴が来ない。来るなと私が言ったから、だから昴はもう来ない。
「落ち込むくらいなら見栄張って追い出さなきゃ良かったのに」
ママが呆れたように言う。
「落ち込んでなんか、ない」
するとママはクスクスと笑う。
「大人びてると思ったけど、そういうトコロは年相応で安心したわ?」
「だから、私落ち込んでなんかない」
「ねえ、お姉ちゃん。昴兄ちゃん来なくてつまんないよー?」
いや、妹よ。そもそも毎日昴が来てた事がおかしいんだよ?なんでアイツ、毎日不登校の友達の家に上がり込んで遊んで帰ってるんだ?
そんな事をしてる暇があったら、クラスメイトと交流を深めるべきなんだ。
ドラマやアニメでしてるような、そういうのを出来るならやった方がいいって絶対。
少なくともこんなお化けみたいなやつの相手をしてる毎日過ごすよりは遥かに有意義なハズなんだ。
「そんなに気になるなら、学校行ってみる?」
ママは、日焼け止めクリームを手に取るとニッコリと微笑み、私はそれをジーっとにらんだ。
昴の事は、気にしてない。気にしてない、のだが。だが……。
のだが。
「日向さーん」
「はい」
私は初めて自分のクラスというものに足を踏み入れ。
私は初めて昴と陽香以外の子供というのを生で見た。
そして初めて自分の席に座り。初めて点呼で返事をした。
教室に朝からいるクリームでベトベトで長袖で、サングラスとマスクした、私。変なの。
でもそんな私を見て、先生は涙ぐんでいた。うん、いい先生だったんだなぁ。ごめんね、先生?
そして……。
「はい、それで昴くんは今日もお休みです。じゃ、次、〇〇くんー」
「え?」
なんか昴は普通に風邪で休み三日目だった。マジか。
あと、点呼を聞いてたら山田はいなかった。マジか。
正直授業は退屈だった。
家で自主学習した内容の方が圧倒的に進んでたし、声で内容は分かるけど黒板なんて全然見えない。
うー、眩しくて目が痛い。私の席は、一番後ろだった。きっと来ないと思われたてたんだろう。
おかげでみんなの後頭部がよく見える。初めて見るたくさんの同い年ぐらいの子供たち。
殆どが黒髪の少年少女。でも数人は、金髪や日本人らしからぬ顔立ちの子たちもいた。
特別なんだと思ってた自分は、案外そんなに特別ではなかったのかもしれない。
一時限目の休み時間、数人で集まって、ひそひそ話をしている。視線は誰もが私に向いているが誰も私に話し掛けようとしない。
……まあ、仕方ないんだけどさ。今更混じれるとも思ってないし。
でも山田の事は気になる。
それは誰かに聞きたい。ふと隣りを見ると、大人しそうな女子が、本を読んでいる。話しかけるなオーラを放っていた。でも空気が読める女児ではないので声を掛ける。
「……ねえ、あなた?」
彼女は紙面から顔を上げて視線を私に向ける。
「……なに?」
彼女は気だるそうに応えた。
「山田って知らない?点呼の時呼ばれなかったのだけど?」
「……4コマの?」
「そう」
「それ、私」
「え?」
彼女は気恥ずかしそうに答えた。
「あだ名なの、山田って。で、何の用?」
「……その、今月の話良かった。それだけ言いたかったの。それだけ」
「……ありがと」
彼女は耳を赤くして、また本に視線を戻した。
放課後になった。
「ねえ、日向さん」
帰ろうとしていたら先生に呼び止められた。
「何ですか?」
「昴くんに、今日のプリント届けてくれない?」
「私が、ですか?」
「そう、家、隣りでしょう?」
なるほど。昴が私にプリントを届けてたのだ、近いんだろうとは思っていた。隣りとは知らなかったし、行った事ないけど。
「ね、お願い?」
「……」
ま、これで昴に会わないで一日終わるのは、アレコレ不完全燃焼だよね。
わかりましたと、私は先生に答えて昴の分のプリントを受け取った。
来なくていいのに dede @dede2
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