来なくていいのに

dede


……窓から覗く空が白み出した。もうじき朝だ。視線をあなたに戻す。暢気な寝顔だ。

でもそんなあなたからの影響は計り知れない。

眠る無防備なあなたの頬に、舌を伸ばしてぺろりと舐める。

「ん……」

覚醒の時は近いらしい。さて、ではイヤだけれど、そろそろ起こそうか。

私はゆっくりと彼の体の上に乗っかるのだった。


「じゃ、行ってくるね」

彼は靴を履きながら私に告げる。

「ん、わかった」

「ごはんはいつものところだから。なるべく早く帰ってくるから、いい子にして待っててね」

「分かってるってば」

彼は私の頬を両手で挟むと、顔を近づけてチューッとする。

「ちょ!?やめてよ!?」

私は手で彼を押しのけると、アハハと笑いながらようやく辞めてくれた。

「そんな嫌がるなよ、傷つくなー。じゃ、行ってきます」

ドアが閉まり、鍵が閉まる音、そして遠ざかっていく靴音。

「……行ってらっしゃい。早く帰ってきてね?」

私は閉じたドアに向けて、遅まきながらそう伝えるのだった。




私はトイレから出ると、テレビのリモコンを操作して朝のワイドショーを点けた。

カーテンを開け、窓を開放し空気を入れ替える。

カゴの中の衣服を洗濯機に洗剤と一緒に放り込み、スイッチを入れる。

流しに置きっ放しの食器を洗い終えると、ようやく暇になる。

私は彼のパソコンを起動すると、ブラウザでカクヨムを開く。

ジャンルはSF、もしくはファンタジーだ。似たような話はないかと、今の生活が始まってからずっと探している。


昼になる。腹がグーっとなったのでご飯にする。

いつものの床に置かれているカップ麺には触れずに、冷蔵庫の中を漁る。

人参がくたびれ始めてる。焼きそばの麺も賞味期限が今日なので

今日は焼きそばにする。焼きそばの麺は賞味期限短いから3つでセットの買うの止めて欲しいと言い続けてるのだがなかなか止めてくれない。

何故だろう?焼きそばの粉と麺は別々に買えばいいのに、いつもセットを買ってくる!

おかげで私は翌日とかに連続で焼きそばを食べるハメになる。ダメじゃないがやたら腹が立つ。


お腹が膨れると、午後は窓もカーテンも閉めてひたすら眠る。


「ただいまー」

彼の声で目を覚ます。大抵はそのままだが、気が向いたら玄関まで行く。今日は気が向いた日だった。

「お帰り」

「お、今日は出迎えてくれるんだ?なんか機嫌いい?」

「そんなんじゃないよ、あ、止めてよ?」

彼が許してもないのに頭を乱暴に撫でるので、私はその手を払ってリビングに戻った。


床のカップ麺を見つけて彼が言った。

「あ、またお昼食べてない」

「ちゃんと食べたよ」

「はぁ。まあ、朝と昼は食べてるし、元気はあるからいっか。なんだお前、一人だと寂しくて食欲湧かないのか?」

「食べてるってば」

「可愛いやつだな。じゃ、一緒に夕飯にするか」

「食べてるのに」

そう言って彼はエコバッグから惣菜を取り出した。今日は買ってきたらしい。

テーブルに二人分の食事が並ぶと、彼は言った。

「いただきます」

そうして彼は食べ始める。

「いただきます」

遅れて私も言うと一緒に食べ始めたのだった。


食後、彼はシャワーを浴びるとベッドにダイブしスマホをいじっている。

始めは躊躇っていたものの、徐々に大胆になっていった私は、今では一緒に寝そべって彼のスマホを眺めている。

そんな時、彼は空いてる方の手で私の髪や背中を撫でてくれる。

なんだかんだで一日で一番幸せな時間である。

やがて彼は寝落ちする。

「お疲れ様。一日頑張って偉かったね」

彼の頬に軽く口づけをすると、私はベッドから抜ける。

一晩中、彼の寝顔を見て過ごす日もあるし、他の事をしてる事もある。今日は他の事をする気分の日だった。


やがて空が白みだす。彼を連れていく朝が来る。



学生時代に片想いをしていた彼が、異常者になってしまったのはとても辛かった、

そう思っていた時期が私にもありました。

けれどある日、彼は男友達を連れてきた。

『お、これが噂の彼女さんか。めっちゃ美人さんだな!』

『ふふふ、そんなに褒めないでくださいよ?』

『でも、こんなにメロメロじゃ、人間の彼女はできそうにないな?』

『いいんだよ、彼女がいれば。なー〇〇?』

そういう彼らの視線の先は私の頭部だ。足元ではない、人間の頭部の位置だ。

背筋が凍る思いだった。「ああ、彼の頭はおかしくなってしまったんだ」と思った時よりも戦慄が走った。

一体彼らの頭ではどう、私は処理されているのだろう?

彼らは私を猫だと思い込んでいるし、私は自分が人間だと確信している。

確信している。用はトイレで足してるし、テレビもパソコンも見れるし、家事だってこなしている。

けれども彼らは私を猫扱いする。それが堪らなく恐い。

人間の私はもちろんドアだって開けられる。けれども、外で私がどのように扱われるのかが恐くて、未だに外出できないでいる。


やがて朝が来る。そうして彼のいない明るい時間をつまらない気持ちで過ごしてく。相変わらず猫扱いされる。

でも、それさえなければ案外快適かもしれなかった。

毎日彼は私を可愛いと言ってくれる。

彼は私の髪や背中を撫でてくれる。

たまにちゅーってされる。

……いや、私の髪に顔を埋めて吸うのは正直恥ずかし過ぎるのでやめて欲しいんだけど。でも、それさえなければ。


ある時彼が言った。

「まったく、何やってるんだろうな、いい歳して。

なぁ、〇〇。〇〇っていい名前だろ?昔好きだった女の子の名前なんだ。……あはは、そりゃ彼女できないよな」

そう言って苦い顔をして笑った。

同じ笑顔を私は遺影の中に見た。



胸のあたりが苦しくて目が覚めた。

「あー、おはよう。……もう起きたから、降りてよ△△?」

私は胸の上に乗っていた△△を抱き上げる。


……まったくもう。朝なんて来なくて良かったのに。

それでも朝は来る。


私は△△の頬にチューッとする。

「あはは、私、こんなんじゃ彼氏できないよね」

そんな△△からは猫パンチを頂いたが、爪を立てることはなかった。

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