第7話土下座とは…

 土下座という言葉を辞書で引くと、


1貴人の通行の際に、ひざまずいて額を低く地面にすりつけて礼をしたこと。


2 申し訳ないという気持ちを表すために、地面や床にひざまずいて謝ること。


こういった事が記されている。


「…言いたい事はそれだけかしら?」


「申し訳ありませんでしたぁぁーーーっ!」


 俺は人生で二度目となるジャンピング土下座を朝市でアイシスに披露していた。


「…レインの記憶から私が消えてなくなるまで殴っていい?いえ、むしろ殴らせて?」


 アイシスの事が頭から消える前に俺が世の中から消えてしまうからどうか勘弁して欲しい。


「ううっ…もう…絶対にレインの顔をまともに見れないよぉぉ…」


 そう言ってアイシスは真っ赤に染まるその顔を俺に見られない様に塞ぎ隠す。そりゃあ顔もまともに見れないよな?俺もそうなったらそうだと思うし…。


 事の発端は眠りの淵…



***


「………………んっ」


 眠りに就こうとした時…いや、少し眠っていたんだと思う。色々あり過ぎて疲れていたのもあると思う。そんな状態の俺の耳に何か入ってきた気がしたんだ。


(……気のせいか?)


「……………ん”ん”っ」


 何かくぐもった声?やっぱり気のせいじゃなかった。意識を覚醒させ…体を起こし、その声がした部屋の前に移動して軽くノックして問い掛けた。


「アイシス? どうかしたのか?」


「……………もう…駄目」


 もう…駄目…って、俺が眠っていた間に何があったんだ!?考えてる暇はない。一刻を争うのかも知れない。なにしろ俺の言葉にもノックにもなんの反応もないのだから…。


 アイシスの部屋へと通じるドアのドアノブを握り、意を決して勢いよくドアを開き、部屋の中へと飛び込む!


「アイシス無事かっ!!?」


 その瞬間…


「んん~〜〜っ」


 ―と、一際大きな声…。


「……えっ?」


 視界に入ってきたのは…仰向けにベッドに横になって大きく体を震わせた後、息使いが荒いアイシスの姿。顔には枕を被せていて、その表情は窺い知れない。衣服ははだけており、下半身は何も身に付けていない。


 そして彼女の右手は下腹部に…


 あっ…これ入ったらマズイやつやん!?自家発電に勤しんでる所を誰かに見られ、気まずくなるパターンじゃん!?


 幸いにもアイシスはまだこちらに気付いてない。そして、幸いにも部屋のドアノブは握ったままだ。このまま音を立てないように部屋のドアを静かに閉める事が出来ればミッションコンプリート…。何もなかった事に出来る。


「…はぁはぁ…もう…レインのせいで……

えっ!?」


 枕を横に放り投げ、クリアになったアイシスの視線が俺の視線と絡み合う…。


「い…いっ…」


 アイシスの口から漏れ出る言葉が分かってしまう。


「いやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」


 ですよねぇ~。俺はゴメンなさ〜いと、謝りながらドアを閉め、急ぎ自分の寝床へと戻った。翌朝迄彼女とは顔を合わせる事はなかった。


 余談だが…その時のアイシスの姿と声が脳裏に焼き付いて離れず、悶々としてなかなか眠れなかったという事と脳内フォルダーに大切に保存した事は心に秘めておくとしよう。




「まあ、そういう事もあるさ!」


「ないわよっ!」


 そりゃあ、アイシスの言う通り、滅多に起こる事ではないけども…


「話は変わるんだけどっ…」


「このタイミングで話を変えるのっ!?正気!?」


「朝ご飯についてなんだけど、メニューはフレンチトースト、それに俺の世界のフルーツとヨーグルトにしようと思うんだ!」


「…ちょっと待って。材料は昨日の取り寄せた残りなわけ?」


「いや、流石に足りない分はさっきスキルを使って取り寄せたけど?」


「それこそ正気なのっ!?また吸血衝動が出ちゃったらどうするつもりだったの!?」


「あっ…やばっ…忘れてた」


「そのせいでこんな事になったんだからねっ!?金輪際私の許可無しにそのスキルは使ったら駄目なんだからね?いい?」


「いや、少しなら問題な「いいわね?」…

はい」


 アイシスの圧にはいしか言えなくなる。


「はぁ〜 じゃあ…朝ご飯をお願いしてもいい?」


「イエッサー!」



***


 アイシスが起きてくる前にフルーツは切って盛り付けてある。ヨーグルトは今回は江◯グ◯コのヨー◯ルト健康を準備。


 後はフレンチトーストを焼くのみとなっている。


「見た事もないフルーツなんだけど美味しそう…。このヨーグルトも容器だけでも凄いと思えるわ。この子供の絵も可愛いわね」


 アイシスの反応は上々。あの出来事を忘れる位の衝撃をフレンチトーストで与えるとしよう。


「まずは卵、牛乳、砂糖、バニラエッセンスを混ぜ合わせてっと…」


「あなたの世界には本当に色々なものがあるわね」


「だな。そして次にこの食パンを半分に切って、先程混ぜ合わせたものに浸してっと」


「パン!?コレがパンなのっ!? こっちの世界のパンって固くて味がいまいちなのに、触るとこんなに柔らかくて食べなくても美味しいと分かっちゃうのは何故!?」


 漫画等で異世界の人が初めて地球のパンを見た時にする定番のリアクションをありがとうな?


「焼く前に電子レンジで浸した状態の食パンを温めると吸い取ってくれて味が染み込むぜ!」


「誰に言ってるの!?電子レンジって何!?武器か何か!?」


 相変わらずアイシスはいい反応してくれるな。


「そしたらフライパンにバターを入れ弱火で温める」


 フライパンの熱でバターが溶けてきて…


“ジュワジュワジュワ…”


 と、いう音と…何と言ってもバターの香りがいい。


「ふぁ〜〜〜 何このいい匂い!?」


「そして浸したパンを投入!」


“パチパチパチッ…ジュワジュワ…”


「蓋をして蒸し焼き!弱火でじっくりな!焦げ目が付いたら裏返してまた蒸し焼きに!」


「ふぁぁぁっ!?」


「はいよっ!フレンチトーストの出来上がりでい!お好みでメイプルシロップをかけて食べてくれよなっ!」


「食べていい?食べていいのよね!?」


「どうぞ!」


「いただくわね!早速このフレンチトーストから…パクっ…」


 アイシスが一口目を口にした。


「どう?」


「…言葉もないわ。あえて言葉にするなら…最高の一言よ」


 どうやら今朝の事は頭の隅に身を潜めてくれたようだった。


 そして俺達は朝食を楽しんだ後、冒険者ギルドへと向かう事になったんだ。











 







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