第6話 試練

美琴の次に出会ったのはヨハネス=シュークリームでした。


ドイツで少年探偵としても活躍している彼との初対面は音楽室でした。


学校の音楽室と同様にビルの内部でも音楽を行える場所があり、部屋の中央にはグランドピアノが置かれており、誰でも自由に演奏することができます。


ある日、昼食の帰りに偶然通りかかった際に彼がピアノを演奏しているところを見てしまったのです。


部屋から聞こえてくる演奏があまりに見事なものだったので立ち尽くしていますと彼に気づかれて声をかけられて、部屋の中へ通されて自己紹介となったのですけれど。


自己紹介の途中でヨハネスは空腹で倒れてしまい、私が慌ててレストランへ運びことなきを得ました。


演奏に夢中になるあまり食事をとっていなかったとのことですが、私が通りかからなければどうなっていたことか……


ぱくぱくとおいしそうに大量の食事を平らげるヨハネスにどうしたら細身の体にレストランの大半のメニューを収納できるのか疑問を抱いていますと彼は穏やかな微笑を浮かべて言いました。


「僕のことはヨハネスでいいからね。よろしく、エリザベスさん」

「こちらこそよろしくお願いします、ヨハネス。あの、初対面で非常に失礼かもしれませんけれど」

「ん。僕の性別は男だよ」

「男の子⁉」

「僕の性別を知ったらみんな驚くよね」


ヨハネスの告白に私は心から驚愕しました。


長い睫毛に大きく青い瞳。長く艶やかな金髪。透き通るほど白い肌に華奢な体躯。


服装こそ探偵帽子に白のブラウスに長ズボンと高貴的でボーイッシュさを感じますが、顔立ちだけみたら完全に美少女なのです。


女子の私から見ても相当な美少女に見えるのですから、男子が見たら大変なことになるでしょう。


ライトノベルなどで男の娘という存在は知識だけは知っていましたが、まさか本当に実在するとは。


事実は小説より奇なりということわざをかみしめていますと、美しい微笑みのままでヨハネスがたずねました。


「ところでエリザベスさんはスター流の入門試験は受けたのかな」

「入門試験?」

「その様子だと受けていないようだね。もしくはスターさんが忘れているのか、意図的に行われなかったのか……興味深いね。

スター流に入門したければまずスターさんに得意料理を振舞って合格をもらう必要がある。これは流派が立ち上げられてから一度も破られたことのない慣例だったのだけど、どうやらエリザベスさんはそれを破ったようだねえ」


声質は穏やかで表情も穏やかですが、内容はたぶんに私をとがめているように思えましたので慌てて頭を下げて。


「すみません。私は余命が一時間しかないとかで超人キャンディーを食べさせてもらったものですから、そんな試験があるとは露知らず……申し訳ありません」

「謝る必要はないよ。ただ、今後スターさんが思い出すと厄介だから今のうちに彼に何を作るのか考えておくといいかもしれない。ぶっつけ本番でテストを受けるのと、対策を知っているかでは大きな違いが現れるからね」

「貴重な助言をありがとうございます。ぜひ、参考にします」

「それがいいだろうね。君は何が得意なのかな?」

「えーと……」


頭の中でこれまで作った料理を思い浮かべようとして諦めてしまいました。


「私、料理を作ったことがありません!」


私の答えにヨハネスは盛大にため息を吐き出して天を仰いでからシリアスな声で言いました。


「もしスターさんにマズい料理を出したら破門ならまだマシで、最悪身体を消滅させられてしまうかも……」

「またまたぁ。冗談ですよね」

「……なら、いいんだけどね」


どうしましょう。



「きみは破門だ」


私の料理を食べたスターさんが笑顔で言ってスイッチを押すと私の床下が開いてどこまでも続いていそうな深い穴へと落ちていきます。


懸命に助けを求めても誰も来ず、暗い穴の中をいつまでも落ちていくのです。


「嫌あっ!」


またいつもの夢でした。


ヨハネスから試験のことを聞かされてからというもの自分がいつ行われるともしれない試験に落ちて破門されるという内容を何回も見続けているのです。


夢で予行演習をしているからいいじゃないかという声も聞こえてきそうですが、夢であっても嫌なものは嫌なので、何を作ろうかといろいろと考えているのです。


お菓子のタルトタタンを作ろうとしたときはオーブンの温度を間違えて真っ黒こげに焦がしてしまいましたし、スコーンは上手に膨らませることができなかったので、どうやら私には菓子作りの才能がないと判断して普通の家庭料理にシフトすることにします。


ヨハネスや美琴ともふたりの時間の許す限り相談をして、もちろん自分でも考えて、少しずつ自分に何ができるかがわかってきたところで、スターさんから呼び出されました。


会長室の机の上に悪役のように両肘をのせて顎の下で手を組んだ彼は爽やかな笑顔で言いました。


「そういえば、スター流恒例の入門試験がまだだと思ってね」

「試験、ですか?」


私は初めて聞いたという風を装って小首をかしげます。


演技がどこまで通じるかわかりませんが知らないフリをした方が都合がよさそうです。


私と彼は貸し切りのレストランに移動して話の続きへと移りました。


「私を喜ばせる料理を作ることができれば合格で、できなければ失格。ここを追い出される。何を作ってもいいけど、制限時間は二時間だから気を付けてね。材料は冷蔵庫とかを見たらなんでも入っているから問題ないよ。それじゃあ、はじめ! がんばるんだよ」


全くの唐突に試験がはじまってしまいましたが、これまで夢の中で何度も経験をしているのですから突発的な緊張は起きません。深呼吸をして冷静さを心がけます。


三十分後、私がお皿に料理を盛り付けてスターさんの元へと運びますと、彼はキラキラといつも以上に目を輝かせました。


「フィッシュアンドチップスだね! イギリスの伝統料理だ! 楽しみだよ」


そう。私が作ったのはフィッシュアンドチップスでした。


冷凍の白身魚のフライとポテトを油で揚げただけという簡単な料理です。


あらかじめ作られたものを高温の油で揚げただけなのですから手抜きともいえるかもしれません。けれど、これが私にできる精一杯の料理でした。


美琴とヨハネスと何度も話し合い、実践をしてようやく食べられるレベルにまで仕上げることができた唯一のメニューです。


スターさんはフォークを取ってポテトを突き刺し、一口。


それからフィッシュの方もパクリと食べました。


反芻してからカッと目を見開き、運命の判決を下しました。


「焦げが目立つし、魚も完璧に焼けているとは言えないし到底お店に出せるレベルではないけれど、個人的には完璧すぎないのもまた味と考えれば――合格だよ」


なんだか無理やりにでも合格させたいような心苦しさを感じるのは気のせいでしょうか。


それでも、合格は合格です。ここで余計な口をきいて不合格にされてはたまったものではありませんから黙っておくことにしましょうか。


こうして、私は本当の意味でスター流に加入したことになりますが全員と仲良くなれるのはまだまだ先になりそうです。

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