第5話 はじめての友達
翌日、私はスター流の地下六階にある特訓場で自己紹介をすることになりました。
大勢のスター流のメンバーの前で自己紹介することを想定していたのですけれど、多忙だったのか他に予定があったのかその場にいたのは闇野美琴さんだけでした。
サラサラのロングの黒髪の美人さんでかなりの高身長です。
白を基調とした忍者装束が目立ちます。
この前は巫女服でしたけれど場合によって服装を変えるらしいと判断しました。
彼女だけなのは少しだけ落胆しましたが、気を取り直して自己紹介です。
「本日よりスター流の皆様の後方支援を担当することになりましたエリザベス=フォン=タルトレットと申します。よろしくお願いします!」
「エリザベスさん。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
美琴さんも大和撫子らしく礼儀正しくこたえて握手。
スター様は他のメンバーにはあとで自己紹介をすればいい、あとは特に予定もないからふたりで好きにすごすようにとだけ告げて指を鳴らしてその場から消えました。
後で聞いた話によりますと、彼は指を鳴らすだけで瞬間移動することができるそうです。
残された私が気まずさを覚えていますと、美琴さんが口を開きました。
「エリザベスさん。もしよかったら、わたしと一緒にお昼ご飯を食べませんか?」
「誰かと一緒にランチを食べるなんて大変久しぶりなので、嬉しいです!
ぜひご一緒させてください!」
即答しますと、彼女は私の手をそっと握って一緒に食堂へと向かうことになりました。
☆
私は机に置かれた自分の顔ほどもある大きな三角おにぎりを見て小さくため息を吐きました。
自己紹介のあとに美琴さんは親切にも手料理をご馳走してあげると提案しどんな料理が出てくるのかと心待ちにしていたのですけれど、出てきたのはまさかのたくあんとおにぎりだけだったのには脅かされました。
私はてっきりイギリス料理の定番であるビーンズオントーストを作ってくれるのだろうと思い込んでいたものですから日本食の登場は面食らってしまいましたが、考えてみれば美琴さんは日本人であり日本食でもてなしてくるだろうという発想が欠けていました。
圧倒的な迫力で存在を示してくるおにぎりとニコニコとした美琴さんの笑顔。
ライスボール自体はライトノベルなどで日本文化に触れる間に自然と学びある程度は知っていましたが、実際に食べてみるのは初めてです。
米に対しては抵抗感はありませんが、問題は海苔です。
おにぎりを包んでいる黒くて薄い海苔は私にとって未知の食材で、猛烈に嫌な予感が全身を駆け巡っています。私の第六感が米はともかく海苔は怖いとささやいています。
しかしせっかくの好意を無駄にするわけにもいきませんから、食べてみます。
ふっくらと炊かれた米は温かく優しい味がします。
「おいしいです……!」
「喜んでいただけてわたしも作り甲斐があります。どんどん食べてくださいね」
ぱくり、ぱくり。
美琴さんの優しさとおにぎりのおいしさに感動して食べ進めていきます。
あっという間に完食し、もう一個。
それも食べ終わってもうひとつ。
合計五個も特大おにぎりを食べて、私のお腹はすっかり満たされました。
「ふうっ! ごちそうさまです! 大変おいしかったです! 美琴さん、これからよろしくお願いします。あ……もしよかったら美琴と呼び捨てにしてもいいですか?」
日本では親しいものほど呼び捨てにすると漫画や小説で学んでいます。
ちょっとだけドキドキしながらの提案を口にしますと彼女はにっこりと微笑んで。
「もちろんですよ」
「ありがとうございます。美琴」
料理を通じて仲良くなれて心も体も満たされました。
たぶん彼女が私の人生を通して初めての友達です。
これまでは引きこもりばかりで同級生とロクに話す機会もありませんでしたから。
ただひとつ辛かったのはその後、猛烈な下痢を起こしてしまい、数時間もトイレにこもる羽目になってしまったことだけです。
どうやら私の体内には海苔を消化できる酵素がなかったようです。
これ以降、美琴におにぎりを握ってもらうときは海苔なしを頼むようになりました。
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