第4話 特訓
スター流本部ことスターコンツェルンビルに入ってからのわたしの生活とはこれまでとはまるで違うものでした。
スター流に所属している彼の弟子たちは基本的に世界中に散って各国を守ったり、非常時には招集されたり、ビル内にある特訓施設で過酷な訓練に励んだりしています。
わたしはまだ来たばかりということもあってか、特に何もすることはなく、ビルの中にある洋服屋さんや日用雑貨店で買い出しをしたりするぐらいです。
まるで市場のようにお店が並び、ビルの中だと思えないほど広大な施設にはレストランや映画館、靴屋さんに眼鏡屋さんにゲームセンターと必要なものがなんでも揃っており、
普通に歩いているだけでは娯楽施設と勘違いしてしまいそうになるほどです。
大都会に建てられた高層ビルの中にこれほどたくさんの店舗があるのはスター様の手腕によるものだそうです。
わたしから見れば陽気な紳士様にしか見えませんが、きっと能ある鷹は爪を隠すということわざの通りの人物かもしれません。
生粋のイギリス人であるわたしですが、日本の小説を読んでいた影響もあり、多少日本文化に詳しくなったかもしれません。
もっともわたし基準なので日本の皆様から見ればひどくチグハグに思えるかもしれませんが。
小さいながらもホテルのように整えられた自室に戻ったわたしは、夕ご飯であるスパゲッティを食べることにしました。
最近は茹でる必要もなく電子レンジでチンするだけでおいしくできる冷凍食品が開発されて生活が便利になっているのはありがたいことです。
できあがったミートソースのスパゲッティをお皿に盛りつけて、いただきます。
「ん~っ! とってもおいしいです! トマトの酸味とお肉の汁がスパゲッティに混ざり合い、いくらでも食べることができますねぇ。食べ慣れた味ですけれど、日本式はちょっとだけ違う感じがします!」
あっという間に完食をして、片付けをしてお風呂に入ったら、もう就寝です。
今日はサッカーの中継はありませんし、ヒーロー特集の番組は――周りがヒーローばかりという環境に放り込まれたせいなのか、意図的に見ないように心がけているのです。
明日はスター様が流派のメンバーと特訓の様子を案内してくれるそうです。
どんな特訓風景が見られるのか、とても楽しみです。
☆
「え……」
ビル地下六階から続く流派の特訓施設。
その特訓風景を見学したわたしは、言葉を失ってしまいました。
流派のメンバーは全員が超人です。スーパーヒーローです。人間を超えています。
それは理解しているのですけれど、目の前の光景には我が目を疑ってしまいました。
わたしの視線の先にはひとりの若い女性の超人がいます。
名前を闇野美琴やみのみことさんといってわたしより少しだけお姉さんで、長く美しい黒髪と切れ長の瞳、女性にしては高身長で白の上衣に赤い袴という日本の伝統的な巫女服を着こなしています。
彼女が立っているのはプールサイドで、どうやらこの格好のままで飛び込むつもりのようです。
「それじゃあ、はじめ!」
スター様の合図と共にプールに飛び込んだ美琴さんは猛烈な勢いで泳ぎ始めました。
クロールで泳いでいるのですが、このプールの水深は5メートルもあり、長さは200メートルもあるのです。往復すれば400メートルもあるのです。
泳ぎづらいはずの巫女服での水泳……常人ならば溺れて終わりのはずです。
それを悠々とこなすとは、やはり彼女は人間ではないようです。
しかも先ほどから何往復もしていますのに速度が変わりません。
「泳いだ距離は10キロは超えたかな?」
「すごい身体能力ですね……」
「これは準備運動だよ。まだまだ本番はこれからだよ。それに見てごらん」
スター様が指さしたところを見ますと、時折何か小さな生物が海面から飛び出しているように見えます。
「アレはお魚ですか?」
「半分正解。あの魚はピラニアだよ。食いつかれたら相手が骨になるまで離さない。このプールでは、ピラニアをたっぷり放し飼いにしてあるんだ」
「⁉ じゃあ油断したら美琴さんはピラニアの餌に……」
「ピラニアにとってはご馳走だからね。でも、これぐらいで参るようではスター流では生き残ることはできないよ。まあ、美琴ちゃんはピラニアを泳ぎながら倒しているけど」
「ま、まさかこの水泳をわたしも――」
「やりたいのかな?」
「遠慮させていただきます!」
こんなものさせられたら何百回転生しても足りません。
スター様はいつでも笑顔を崩すことがありません。
その笑顔のままに容赦のない発言をするところが恐ろしいのです。
「では次の場所へ行ってみよう!」
スター流の訓練はどれもわたしの常識を超えたものでした。
異空間の中に山を作り、そこを猛ダッシュで登ったり。
海で巨大サメと格闘したり。
火を使う能力者の火力を上げるべく、消防車の凄まじい水流と対決させたり。
四方八方から機関銃で銃撃させて銃弾を素手で捉えたり躱したりといった反射神経を養う訓練などなど、あげればキリがありませんが見物だけで疲れてしまいました。
最後に案内されたのはごく普通の広い空間にいくつかのプロレスのリングが設置された部屋でした。
「ここがわたしたちにとって最も重要な場所なのだよ」
スター様が誇らしげに語る様子とは裏腹にこれまでのと比較しますと、あまりにも普通です。正直、どこにでもありそうな設備にしか見えません。
「ここでスパーリングを行うんだよ」
スパーリング。実戦に近い練習試合のことです。スター流は正式名称をスター流格闘術といい、現在のプロレスの原型になったと伝えられています。
彼らの使うスター流奥義はどれも今となってはクラシカルな技ばかり。
けれど見た目は地味ながらも威力は桁違いで、数々の強敵を葬り去った歴史と実績が物語っています。
「さて。エリザベスちゃん、ちょっとリングに上がってもらえるかな。
きみの能力のテストをしたいと思う」
彼の突然の提案に導かれるままにリングへと上がります。
堅いマットに四方に張り巡らされた三本ロープ。
何の変哲もないプロレスリングですけれど、生臭い血や汗の匂いを感じ取り、この場所でどれほど激しい攻防が行われたかが伝わってきます。
それにしても、テストとはいったい何をするつもりなのでしょう?
疑問を抱いていますと、ひとりの男性が入ってきました。
その姿を見て、わたしは息を飲みました。
二メートル以上もの長身に山のように鍛えられた体躯。
金髪は後ろに束ねられ、緑色の瞳からは深い慈悲の光があります。
その男性こそスター流で最強と名高いヒーロー、カイザー=ブレッドさんでした。
滅多に姿を見せることはありませんが、敵さえも改心させる慈悲と圧倒的な戦闘力、そして自身の温度を太陽と同等に上昇させる特殊能力から、『太陽神』と異名されています。
彼は無言でわたしを見下ろしています。
スター様はわたしと彼を引き合わせ、こんなことを言いました。
「これからカイザー君に太陽の拳を打ってもらうから、きみがどうなるのか実験してみたい」
カイザーさんの最強技、太陽の拳。
太陽超人と化したカイザーさんが全力で放つストレートパンチで、命中する前に大抵の敵は一瞬で蒸発してしまいます。
それを少し前まで人間で、何の訓練も受けていないわたしに受けてもらうなど、正気の沙汰ではありません。
せっかくヒーローになれたのに憧れの人に消滅させられたら、自分の不運を呪います。
けれどわたしの思いは言葉で伝えることはできず、カイザーさんの本気の一撃が叩き込まれることになりました。
「天に祈り、己の過ちを悔いて、来世に生まれ変わるがよい」
独特の口上が始まり腕を思い切り引いたカイザーさんは能力を発動。
目が開けられないほど眩しい光と巨拳が迫ってくるのがわかります。
光が強すぎて目を閉じることができないのです。
自らの最期を確信したせつな、カイザーさんの拳が止まりました。
彼が手加減したのではなく、何かに阻まれているかのようです。
ふと、手を前にしてみますとわたしと彼の間に半透明な壁のようなものがあります。
何が起きたのかと見渡しますとわたしが立っている範囲だけ、半透明のドーム状のバリアが展開しているようなのです。
カイザーさんが拳を下しますと、バリアも消滅しました。
いったい、今のはなんだったのでしょう。
するとスター様が拍手をして疑問の答えを教えてくれました。
「テストは大成功だよ! これがきみのもうひとつの能力、この世の全ての攻撃を防ぐことのできるバリア! 治癒をしている間は危険が多いからね。自動できみを危険から守ってくれる!」
ありがたいテストのおかげでわたしのもうひとつの能力が明らかになりました。
自動で危険から守ってくれるとは、なんと便利でありがたい能力なのでしょう。
今の世の中は危険がいっぱいですから、それを警戒しなくても生活できるというのはとても楽にすごすことができるのです。
人を治癒できるだけでなく身を守るためのバリアまで補助としてついているなんて。
しかもそれを食べるだけで手に入れたわたしはなんという幸運なのでしょう。
これをいかさないのは非常にもったいないことです。
スター様の恩に報いるためにも、この不肖エリザベス=フォン=タルトレット、これから能力を学んで大好きなスター流のために尽くす所存です!
「本日は誠にありがとうございました!」
わたしの能力テストに付き合ってくれたカイザーさんとスターさんにお礼を言いますとスターさんはからからと笑って。
「いい返事だね。明日、皆にきみのことを紹介しようと思うから楽しみにしているんだよ」
「はいっ!」
とうとう、明日からわたしも正式にスター流の仲間入りを果たすのです。
憧れていたヒーローの皆さんとの対面はドキドキします。
けれど、少なくともテレビや雑誌で見た情報だとみなさんとてもいい方々だと思うので、きっとわたしを歓迎してくれることでしょう。
そうでなければ、非常に悲しいですが。
ともかく、今日は明日に備えて早く眠ることにしようと心の中で誓うのでした。
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