第2話 人間は、嫌いだ

 人間は嫌いだ。みんな私を嫌っているから、私もみんなが嫌いだ。誰も私の話を聞いてくれない。私が「痛いっ!」って叫んでも、知らんぷりして通り過ぎてゆく。分かってくれない。助けてくれない。優しくしてくれない。だから私は、人間が嫌いだ。


 そんな子供じみたことを考えながら、目をつむっていた。半分、夢の中にいるからだろう。起きているときの自分なら考えないようなことが、頭に浮かんでくる。それを振り払うために目を開けると、私をのぞきこんでいる女と目が合った。は、と思って自分の頬を引っ張ってみる。目は醒めなかった。いや、既に目は醒めていた。

「ヒトミさん、なんで……?」

「覚えてないんですか。昨日、あんなにいちゃいちゃしたのに」

 頭を抱える。ヒトミさんは穏やかで優しそうな笑顔のまま、「冗談ですよ」と小首をかしげた。邪気のない、マリア像みたいな女だ。小さい子どもにするように、私の頭をなでてくれる。けれど。

 この女は、男性向けのどぎついリョナ系エロ同人をコミケで1000冊売る壁サーの神である。

 もしかしたら、私たちは本当にしたのかもしれない。あんなこととか、こんなこととか!

「フィクションと同人は別物ですよ」

 ヒトミさんはてへぺろ、と片手を頭にのせて舌を出す。私はため息をついて、立ち上がった。常にしきっぱなしの布団の横に、部屋に備え付けられていた予備の毛布が置かれている。昨晩あったことは何も覚えていないが、どうやらヒトミさんは一晩ここに泊まったらしい。

「顔洗ってきます」

「そう言えば、あの……」

 ヒトミさんは首をかしげて、きゅるるんと潤んだ目で私を見上げた。

「あなたのこと、何と呼べば良いですか? まさか、ペンネームのあ――」

「やめて、やめて、言わないで! 私のことはちひろと呼んでください。本名です。名字です」

「それでは、ちひろさん、よろしくお願いします。かわいい名前ですね」

「ヒトミさんのことも、本名で呼んだ方が良いですか? ここはネットやコミケじゃなくてリアルなわけですし」

 穏やかな彼女の顔に、一瞬、ほんの一瞬だけ影がよぎった。

「実は、ヒトミは本名と同じなんです。名字は都下ではありませんが」

 とじた、ひとみ。初めてその名を知ったとき、私はとても美しいと感じた。だから、

「見たくないんです、何も」

と微笑んだ彼女の姿に、ひどく残酷な何かを感じ取ったとき、脳裏に浮かんだのだ。

 人間は嫌いだ、と。

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