まがいものの夢を見てる

雨希

第一章

第1話 夏祭りの夜

 夜なのに明るいのは、祭りがまだ終わっていないからだ。海辺の公園に並んだ出店の裸電球は強いのにどこかぼやけた光を放っていて、電灯をつけていない私の部屋のカーテンにゆらゆらと何かの影をうつしている。ひきっぱなしの布団の上に寝転がって、磯の香のする空気を鼻から吸い込む。目をつむる。枕元に置いてあるラジオからは、ノイズの混じった音楽が流れてくる。昭和の歌謡曲だろうか。過去に聞いた覚えはないが、なぜか懐かしい感じがする。

 ふと、今私は夢を見ているのだろうかと思った。現実感がない。視界がひび割れているように曖昧で、古い映画よりも解像度が低い。理不尽さも、物事の唐突さも、理解のできない気味悪さも、全てが夢らしかった。

 上半身を起こした。生活に必要なもの以外は何もない、海辺のぼろアパートの一室。ここは、数日前から勤務している病院の社宅だ。家具は備え付けであり、私は何も持たず身一つで引っ越して来た。

 色々と事情はあった。前の職場での恋愛のもつれとか、全館禁煙の病院内で煙草を吸ったこととか、なんやかんや。気が付いたときには、大学病院から僻地の病院に飛ばされていた。恋人には全てのSNSでブロックされていた。

 畳の上に転がっていたスマホを手に取る。メールが届いていた。


 【夏風邪さんの電子書籍が、購入されました】


 ため息をつく。どこの誰が買ってくれたのだろう。多分、これで三冊目だったと思う。発売したのは一年前だ。同人作家向けの電子書籍販売サイトに載せてもらっているが、鳴かず飛ばず。最初はメールが来るたびに一喜一憂したものだった。今ではほとんど心が動かない。

 私は創作者として、既に死んでいる。

 虚しいような、苦々しいような胸を抱えてうずくまっていると、玄関のインターホンが鳴った。実家から自分で送った荷物が届いたのだろうと思い、しぶしぶ立ち上がって玄関に向かう。ドアを開けた。

「え、なんで」

 やっぱり、今私は夢を見ているのだ。それならば、素直に感情を出して良いだろう。

 ぽろり、と涙がこぼれた。目の前に立つ女に抱きつく。

「ヒトミさん、私……」

 ぐすぐすと泣き続ける私の肩を、彼女がぽんぽんと優しく叩いてくれる。そして、楽しそうに笑った。

「まだ人生で会ったのが数回目なのに、ずいぶんと心を開いてくれてるんですね」

「なんで、ここに」

「DMで新しい住所、教えてくれたじゃないですか。言ってませんでしたっけ? 私の家、この近くなんです」

 私は彼女から体を離し、顔をまじまじと見る。化粧っ気のない、丸顔。細められた優しそうな目。後ろで一つにまとめられた髪。Tシャツとロングスカートという、シンプルな服装。

 都下ヒトミ。

 彼女はまぎれもなく、コミケの壁サークルで作者自ら新刊を頒布していた神。神なのになぜかピコ手の私に何かと絡んで来るよく分からない女。

 私が心から愛しているネッ友だった。

 ふっと、世界が暗くなる。祭りが、終わったらしかった。

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