2-2 イケメンのバイト仲間と同じ仕事をして距離が縮まった

 検証業務二日目。

 川里が始業十分前にオーディオルームに入室すると既に銚子の姿があった。


 きっちり整った黒の前髪。

 黒のサマージャケットに白のTシャツ。

 そして黒のスキニーと革靴。

 シンプルにまとまった服装をしている。


 加えて、ビルの一階にある喫茶店のコーヒーを啜っている。

 その仕草が映画の俳優のように映えており、川里は見惚れそうになった。


 川里は自席に腰を降ろし、銚子に話かける。


「昨日もですけど、服装かっこいいですね」


「ふふふ、オーディオルームのおしゃれ番長と呼んで欲しいっす」


 銚子は前髪をかき分けた。

 かき分けた髪が柳のように垂れる。


「ところで川里さんは今日も制服っすか? フォーマルな服装は初日だけで良いんすよ?」


 川里は視線を反らした。


「私服がダサくて、躊躇がありまして……」

「川里さん、私服ダサいんすか?」

「声がでかいです」


 川里は周囲を見渡した。

 業務準備を始めた社員がクスっと笑っている。

 銚子もそれに気づき、声を潜めた。


「私服そんなダサいんすか?」

「クラスメイトの女子に言われた」


 銚子は苦笑する。


「相当酷いっすね」

「何で俺に関わる奴は直球で言うんだ」

「川里さんなら許容されそうだからっすかね?」

「俺って、そんな風に見えます?」

「少なくともぱっと見は許されそうっす」


 それで、と銚子は川里に尋ねる。


「川里さんの私服ってどんなっすか?」

「こんな服装です」


 川里は端末から自分の私服の画像を表示し、銚子に見せる。この前、初木に撮影された私服の写真である。


 銚子は川里から端末を受け取り、ディスプレイを確認する。程なくして銚子はクスっと笑った。


「川里さん、小学生みたいっすね」

「だから声がでかいんですけど?」


 川里が言うと周囲の社員がクスっと笑う。

 同時に始業のチャイムが鳴動する。

 川里と銚子は話を切り上げ、仕事に集中した。


 二日目になると川里は試験書の読み方に慣れ、効率よくテストを進められるようになり、昨日よりも実績が明確に伸びていた。


 担当した試験が終わり、五次に試験書を確認してもらう。単純な昨日のテストのため、全項目が合格判定になっている。


 五次もテスト結果に納得し、川里に次の仕事を割り振った。対象の試験書は項目数が多く、様々な状態で試験をする必要があると五次は言った。


 だけど川里の表情は明るい。昨日の経験が川里の心に余裕を与えている。川里は自信を持って五次の指示を了承し、自席に戻って割り振られた試験書を確認する。


 明るい表情が崩れたのは数秒後のことだった。

 試験書には専門用語だらけの項目が山のように並んでいる。


 川里は思わず額を押さえた。

 そんな川里の肩に銚子の手が置かれる。


「お困りっすね」

「思ったよりも項目と用語が多くて……」

「なるほど、だけど大丈夫っすよ」


 銚子は不適な笑みを自分の胸に手を当てた。


「川里さんに振られた仕事、自分も担当っす」

「ということは一緒に作業ですね」

「初めての共同作業っすよ!」


 銚子は得意気に鼻をこすり、自分のPCで試験書を表示する。銚子はテストケース全体の記載を確認し、納得したように頷いた。


「難しい用語が多いっすね。でも自分に質問してもらえれば答えられそうっす!」

「おぉ! よろしくお願いします!」


 川里と銚子は堅く握手を交わした。


 そういうわけで川里と銚子は担当箇所を分割して作業を開始した。川里は銚子に言われた通り、難しい用語を積極的に質問する。


 銚子も尋ねられた用語をすぐに解説する。銚子は一般的な言葉で簡潔に説明するため、川里はすぐに用語の意味を理解することができた。


 問題が発生してもも、銚子は五次や近くの女性社員に質問して問題を解決してしまう。


 銚子はコミュニケーション能力が高かった。


 用語を除けば、テストは単純な操作がほとんどで結果をすぐに確認することができる。項目は山のようにあるが、ある程度の速度で進んでいく。


 だがそれはあくまで川里の体感だった。

 実際は作業が遅い可能性がある。


 しばらくすると川里は不安になり、銚子がどのくらいの速度で項目を処理しているのかを確認した。そして川里は目を丸くする。


 川里の想定よりも進捗が少なかったからだ。銚子の担当箇所は他項目に比べ、条件が複雑なものが多いが同時に実施できる項目も多い。


 川里は銚子の様子を確認する。銚子はうーんと唸りながらぎこちない調子で試験機やアプリを操作している。


 川里はそれとなく銚子に話しかけた。


「大変そうですね」


 銚子はうなだれる。


「自分、試験書を読むのが苦手で、一行一行見合わせて作業してしまうんすよぉ。このままだと期限がヤバいっす」


 銚子は別の表計算ファイルを表示した。

 ファイルにはテストの担当者と実施の予定時間が計算されている。それによると、今の銚子の作業ペースでは計画を超過してしまうらしい。


 また担当者には銚子の名前だけが記されている。そこで川里は自分が銚子をヘルプする仕事を割り振られたことに気付いた。


 川里はしばらく考え込み、提案する。


「銚子さん、実施する場所を入れ替えます?」


 すると銚子は少しだけ表情を明るくした。


「いいんすか?」

「より計画通りに終わる方法を模索しましょう」


 すると銚子は頭を掻き、


「実施箇所を替わってもらって良いっすか?」

「任せてください」


 川里は笑顔を浮かべ、作業に戻る。誰かに頼られたのが初めてということもあったが、任せてください、という言葉を自信を持って言えたことが少しだけ嬉しかったのだ。


 川里は実施速度、銚子はコミュニケーション。それぞれの長所を生かし、山のようなテスト項目を処理していった。その中で二人は自然と会話をするようになり、自然と打ち解けていった。


 

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