2話 初めてのオフィス勤務で知り合ったイケメンのバイト仲間が女子と気づかず、無意識にデートしていた話
2-1 初めてのオフィス勤務でイケメンのバイト仲間ができた
週明けの月曜日。
櫛を通した髮。
学校指定の夏服のシャツとサマーセーター。
黒いベルトで腰を強く閉めたスラックス。
姿見には模範的な高校生の姿が映っている。
「……できることはやった」
川里は足下に置いてあるリュックを肩にかけ、入念に磨いたローファーに足を通し、玄関の扉を開ける。
外には透き通るような青空が広がっていたが、川里の表情は堅くなっていた。
この日、川里はオーディオ機器のテスターの短期バイトで人生初のオフィス勤務をすることになった。
週払いかつ八時間勤務可能だったのでダメ元で応募したところリモート面接を受けることになり、最終的に採用に至った。
勤務場所は最寄り駅から電車で三十分、徒歩数分に位置する三十階建てのオフィスビル。
出勤時間が近づくとスーツを着た社会人がビルの中に流れていく。
このビルに到着した川里は、ビルの大きさと人の多さに息を飲んだ。面接はリモートで実施されたため、実際の通勤風景を見たのは初めてだった。
「今週の給料で服を買って自分を変えるんだ」
川里は意を決した表情で社会人の波に身を任せ、ビルの十階にあるオフィスに向かった。
オフィスに到着した川里は人事担当の社員と合流し、オーディオルームと呼ばれる場所に案内される。
川里は人事担当から契約社員用の黒い紐のついた社員証をもらいロックを解除する。部屋の扉を開けると、隙間から音楽が漏れた。
室内には長机が並び、その上には様々な機材が用意されている。各席ではオフィスカジュアルな服装の社員が機材を準備している。
そんな光景を川里が眺めていると、部屋の奥から銀縁目眼をかけたスーツ姿の男性が川里に歩み寄った。銀縁眼鏡の男性は正社員用の赤い紐をのついた社員証を見せ、自己紹介をした。
「川里さんが担当する案件のリーダーをしている
「川里です。よろしくお願いします」
簡単に挨拶を済ませた後、川里は五次に案内され自席に就いた。席には既にセットアップされたPCがある。川里は五次から事務作業と実務作業についての説明を受けた後、業務を開始する。
テストの実施方法は試験書に記載された条件と手順を踏んで、期待通りの結果が出れば良い。結果が異なる場合は不具合の報告書を作成する。
川理はこうした作業をするのは初めてだったため、試験書を睨みつけるように読んでいた。
隣席の社員に肩を叩かれたのはその時だった。
川里が振り向くと隣席の社員が微笑んでいる。少女マンガのヒーローのように整った黒髪に中性的で端整な顔立ち。シャツにカーディガン、スラックスを着た綺麗めの服装が様になっている。
「高校生っすよね?」
「は、はい……そうですが」
川理が答えると、臨席の社員が目を輝かせる。
「やっぱり! 自分、
銚子は川里の顔を覗きこみ、続けた。
「昨日まで未成年が自分だけだったんで声かけたくなちゃったんすよ。周りが年上ばかりだと緊張しちゃいますよねぇ」
軽い口調に、川里は笑みを浮かべた。
ティッシュ配りで培ったスキルである。
「俺も緊張していました」
すると銚子も同調するように頷いた。
「肩の力を抜いても大丈夫っすよ。他の方も雑談混じりで作業するので」
川里は周囲を見渡した。銚子の言う通り、周りの社員も作業をしながら談笑している。
「会社って必要な会話以外は口を閉ざして作業するカビの生えそうな場所だと思っていました」
川里が言うと、銚子がクスっと笑った。
「川里さん、変な言い回しするんすね」
「自然とこういう言い回しになるんです」
川里が言い訳がましく早口で巻くし立てる。
それが銚子をさらに笑わせた。
「川里さんってコミカルっすね」
「もしかしてディスってます?」
「もちろん良い意味っすよ!」
そんなやりとりを続けていると、二人の肩が背後から伸びる手に掴まれる。二人が肩を飛び上がらせて背後を振り返ると、五次が蛍光灯の光を反射するメガネ越しに二人を見下ろしていた。
「楽しい雰囲気が好きなので雑談は推奨しています」
ただし、と五次の手に力が籠もる。
「作業に支障が出ると判断されれば、リーダーの私に注意されることも念頭に置いてくださいね」
川里と銚子がコクコクと何度も頷くと、五次はニコリと笑いその場を離れた。五次の背中を見送った銚子は少し頬をひきつらせ、
「ざ、雑談はいいけど、程々が大事っす」
川里は半目で銚子を見た。
初めてできたバイト仲間はお調子者らしい。
緊張が解れた川里は初日のオフィス勤務を無難に乗り切ったのであった。
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