1-4 靴を買った後、一軍女子から連絡先を共有された
大通りをしばらく歩き、初木は足を止める。川里は目の前にある店を見て首を傾げた。テレビCMでよく見かけるショップである。
「意外だな。高い店に行くのかと思った」
「安くて良い靴があればその方が良いじゃん。それに川里、予算少ないんでしょ?」
初木は鼻歌交じりに入店する。
川里もそれに続く。店内には様々な靴が並び、仄かに革の匂いが漂っている。
川里は楽しげに店内を見回した。
「靴って色々な種類があるんだな」
「靴の店だよ、当たり前じゃん」
「そりゃそうだけどーー」
「ほら、良い訳よりも姿見の前に立って」
初木は川里を鏡の前に立たせた。
チェックのシャツと、サイズが緩いジーンズの色合いのせいか、川里は自分の服装に子どもっぽさを感じた。だけどその子どもっぽさに拍車を掛けているのはボロボロの運動靴だった。
初木は鏡に写る川里を見て苦笑する。
「何から何まで絶妙にズレてるね」
「それが言いたくて鏡の前に立たせたのか?」
「半分は正解」
「もう半分は?」
「どんな靴がいいか考えてる」
初木は川里の靴のサイズを確認し、
「ここで待ってて」
初木は鼻歌交じりに売場へ移動する。足取りは軽く、腰がモデルのように揺れる。これからミュージカルが始まりそうな勢いだった。そうして初木が靴を選ぶ姿に、川里の表情が柔らかくなる。
ほどなくして初木が箱を持ってきた。箱を開けると黒基調の底が白いスニーカーがある。
川里は自分の運動靴と見比べる。
「スニーカーの方がなんかおしゃれだな」
「川里の靴は機能性重視だね。スニーカーの方がデザインが良いのは多いよ。履いてみなよ」
初木に言われ、川里は言われるがままに靴を履いた。爪先・踵が靴の中を滑り、しっかりとフィットする。
川里は姿見を確認した。
全体的な黒と底の白の組み合わせが、川里が履く淡い色のジーンズに馴染み、全体嫡にすっきりとした印象を受ける。
「すげえ、でもお高いんでしょ?」
川里は値札を確認し、目を見開いた。
お札一枚あれば十分に買える値段だった。
「何……だと? これにするわ」
そういうと、初木は口を尖らせた。
「選ぶの早くない? もっと試そうよ!」
「でも、値段的にもちょうどいいしーー」
「試しに履くだけなら無料じゃん」
初木は川里に靴を元の運動靴に履き替えさせ、川里を靴の売場へ引っ張った。スニーカーはもちろん、ブーツや革靴も、高い靴も安い靴履かされる。
初木は不格好とゲラゲラ笑ったり、これはイケるじゃんと目を輝かせた。端から見ても本人よりも初木の方がはしゃいるのは明白だった。
そんな彼女の明るさが伝染したように、川里にも自然な笑みが浮かぶようになった。そのうち川里自身も自分で靴を選ぶようになり、これはどうだと初木に見せた。ダサすぎとゲラゲラ笑われる。
川里はゲラゲラ笑う初木に尋ねる。
「初木も靴見るんだろ? 何か履かないのか?」
初木はしばらく小首を傾げり。
そして彼女は思い出したようにはっとした。
「そういえばそう言ったんだったわ」
「初木って案外うっかりキャラだな」
川里が笑うと、初木は頬を紅潮させた。
「そんなこと初めて言われたんだけど」
初木は女性向けの靴が並ぶ売場に移動した。
それから彼女も川里のように靴を履き替える。黒のブーツ、黒のローファー、サンダル、そして黒のスニーカーと何度か履き替えた。
「……このスニーカーどう?」
初木が川里に尋ねた。
川里は初木の服装と靴を見比べる。
「ねえ。視線がやらしいんだけど」
「靴のインパクトと言ったのは初木だろ」
川里は熟考を終え返答した。
「普通に可愛い」
初木が川里をジトりと見る。
「散々考えた結果がそれ?」
「ディスってやろうと思ったんだけど可愛いしか出てこなかったんだよ」
「発言がキモイ。例えばどう可愛いわけ?」
「全体的にしっかりした服装なのにスニーカーがあると少し肩の力が抜けて見えたるいうか……そういうのが俺は良いと思った」
「あれ、意外に考えてた!」
初木の目が笑う。
「さっきまで、俺はどう見られてたんだ?」
初木はわざとらしくスカートを押さえ。
「ご機嫌とって、口説きに掛かったかと」
川里はこめかみに手を当てた。
「普通に誉めるだけでケダモノ扱いか」
「可愛いとか誰でも言えるし。可愛くしてるんだから可愛いことくらい自分でわかるっつうの」
でも、初木は続けた。
「さっきの様に誉められるのはちょっと嬉しい」
そう言って、初木は黒のスニーカー以外の靴を売場に戻した。どうやら買う靴を決めたらしい。
川里も最初に初木に選んでもらった靴を選ぶ。
そして二人は一緒に靴を買って店を出る。川里は初木から買い物袋を受け取り、駅までの道を並んで歩いた。
初木は学校の誰々と遊んだ時の話や、誰々についての文句などを巻くし立てるように話している。
川里は初木が言う誰々とは無関係で、初木の会話を理解することが難しかった。それでも彼女が活き活きとしているのは表情から読みとれる。
川里は自分と無関係な話をされているのに、彼女の表情を見ているだけで楽しい気分になった。
駅前に到着する。
川里は初木に買い物袋を返した。
初木はニコリと笑い。
「今日はありがと。楽しかった」
「お礼を言うのは俺の方だろ。初木のおかげで良い買い物ができた。またバイトで金を貯めて今度こそ服を買おうと思う」
「だねぇ。川里の服装ダサイもん」
初木はを取り出し、川里に向ける。
カシャっと音が鳴り、初木は端末のディスプレイを川里に向けた。
「おい、やめろ」
「川里、スマホ出して」
「え?」
「はーやーくー!」
初木に急かされ、川里は反射的に端末を差し出した。初木は川里の端末を手慣れた様子で操作する。
「ロック無しとかセキュリティがザルだね!」
「確かに、お前にスマホを渡して後悔してる」
「どうせ家族と連絡するくらいでしょ?」
「友達とだって連絡する」
「へぇ」
初木は端末の操作を終え、川里に返した。
川里は端末のディスプレイを確認し、何をされたか確認する。
しばらくして端末のディスプレイにチャットアプリの通知が届く。初木からの画像を受信したことを知らせる通知だった。
「え?」
川里はアプリを起動する。
初木との個人チャットに、川里の服装の画像が添付された。
川里はいたずらっ子のように笑い。
「今日のお礼。じゃぁね」
初木はそのまま別の路線の改札口へ向かった。
川里は追いかけてどういう意味か尋ねたかったが、それは野暮な気がして諦めた。
「ダサイ写真をお礼と渡されてもなぁ。悔しかったらセンス良くなれということか」
川里は初木の後ろ姿を見送り、自分の路線の改札口に入り、帰宅した。
この時、初木と連絡先・位置情報が共有されたのだが、それに川里が気付くのには少し時間がかかるらしい。
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