1-3 稼いだお金で服を買おうとしたら、一軍女子と靴を買いに行くことになった

 アルバイトから帰宅後、川里は自室でお札を眺めていた。自分の行動によって得た成果に浮かれ、この収入の使い道に思いを巡らせていた。


 今までの川里は勉強とアプリゲームをして過ごしており、金銭は食費と課金に充てられていた。今回も初めは課金に使おうと川里は考えていた。


 だけど、お札を見つめているうちに、それなりに苦労した報酬を課金であっさり消費するよりも、自分の苦労に見合ったものに使いたいと感じるようになっていた。


 川里はお札との睨み合いを止め、スケジュール帳を確認した。ちょうど明日はスケジュールが空いている。


「明日は出かけるか」


 川里は財布のマジックテープを開け、アルバイトで稼いだ収入を入れた。小学生の頃から使用している財布に過去最大金額が納められている。その事実に川里は頬を綻ばせ、明日を待った。


 翌日になり川里は私服に着替える。

 チェックのシャツを羽織り、ジーンズを履く。

 そして玄関に向かい、自分の姿を確認する。

 意識的に出かけることが少ない彼にとって、この服装は気を使ったつもりだった。


 しかし連日のティッシュ配りの中で、道行く人々を観察していた川里は、今の自分の服装が子どもっぽく感じられた。


「とりあえず服を買おうかな」


 川里はぽつりと呟き外出した。


 季節は夏。

 夏休み真っ直中。

 外は蒸し風呂のような状態になっていた。

 最寄り駅から繁華街行きの電車に乗車し、電車のクーラーで体を冷やす。そして呼吸が整うタイミングで周囲を観察した。ほとんどの乗客が端末に視線を奪われており、彼らの服装をじっくり確認することができる。


 車内には露出度の高い服装の女性もおり、川里は視線を奪われそうになる。だけど自分の買いたい服を決めるために、男性の乗客に視線を向けた。


 カーディガン、ジャケット、サマーニット。

 様々な服装に視線を奪われる。

 川里は脳内で彼らの服を自分に着せてみた。


 そんな想像をするうちに繁華街に到着した。

 改札口を抜け、広場の隅に移動する。


「あれ、服はどこで買えばいいだろう」


 端末を取り出し、店舗情報を検索する。

 すると駅近辺だけでもたくさんの店舗情報が表示される。


「事前に調べておくべきだった」


 川里は深く息を付き、広場を見渡す。


 広場を歩く人達の服装は車内よりも川里の視線を惹いた。教科書とスマホばかりを見ていた川里にとって新鮮に見える光景だった。


 聞き覚えのある声がしたのはその時だった。


「あれ、川里じゃん!」


 川里は肩を飛び上がらせた。

 振り向くと、金髪の女子生徒が立っている。

 川里の予想通り、初木李夏だった。

 川里は心底驚いた表情で口を開いた。


「よく気づいたな」


 初木はニヤリと笑い。


「浮いてる奴がいるって思ったら川里だった」


 川里は頬をヒキツらせた。

 返す言葉を考えるため、初木の服を確認する。


 サマージャケットに、白のシャツ。折り目の多い黒のプリーツスカート。革のショルダーバッグ。上下の服装から持ち物にいたるまでシンプルにまとまっている。


 ブランド店の袋を両手にぶら下げているのが不調和だと川里は感じたが、周囲の男性の視線を惹きつけている。


「お前も目を惹くだろ。悪い虫が寄ってきそうだ」


「そんな悪口言われても……あれ、誉めてる?」


 初木は小首を傾げる。

 川里は小さく息をつき、訪ねた。


「今日は何をしてるんだ?」

「買い物! 川里は?」

「バイトで稼いだ金で服を買いに」

「へぇ、どこ行くの?」


 川里は視線を反らす。


「もしかしてノープラン?」

「自分から服を買おうと思ったのが初めてで困っている。予算も少ないから買う物を絞る必要があるのに、手をつけるべきものが多すぎる」

「うわ、早口。欲しいものが買えるまでお金を貯めれば?」

 初木はジト目で川里を見る。

「まずは何かを変えて、それをモチベーションにしたいんだ」

「ふぅん?」


 初木は川里を頭頂から足元まで見渡し、


「私、これから靴を見るけど、一緒に行く?」

「靴?」


 初木の目が光る。


「値段的にも手をつけやすいからおすすめ」

「なるほど。でも服の方が大事なのでは?」


 川里が言い掛けた時、初木に両肩を掴まれた。


「靴を侮ったね?」

「だ、だって靴より服の方が視線が行くだろ?」


 すると初木は鼻で笑った。


「あそこを見て」


 初木は広場の中央を指した。

 広場の中央には制服を来た男子学生が二人立っていた。二人とも似たようなブレザーを着ているが、履いている靴が異なっている。


 一人はローファー。

 一人はボロボロのスニーカー。


「高校生と中学生か。それがどうしたんだ?」

「川里はそれをどうやって判断したの?」

「どちらが子どもっぽいか、かな」

「じゃぁ、どうやって子どもぽいかした?」

「それは……」

 

 言い掛けて、川里は口を噤んだ。

 ボロボロのスニーカーの方が子どもっぽい。

 実際のところは不明だが、川里は無意識にそう判断したのである。



 初木は目をギラギラさせた。


「靴の違いによるインパクトが伝わった?」


 川里は自分の足下を確認した。

 適当に選んだボロボロの運動靴がある。

 対して初木は黒のブーツを履いている。

 それが服と合っており、大人な雰囲気を出す。

 これが運動靴だったら印象は変わるだろう。


「まずは靴から変えようかな……」


 川里が気恥ずかしそうに呟くいた。

 すると初木は花が開いたように笑った。


「それじゃ決まり!」


 初木は大通りに向かって歩き出す。

 川里は慌てて立ち上がり彼女の後に続いた。

 彼女の足取りは軽く、スカートが踊る。

 そんな彼女の雰囲気に周囲の視線が惹かれていく。ただ、買い物の袋が重たげに揺れているのが、川里には不調和に感じられた。


 川里は初木の隣を歩き、手を差し出す。

 初木は虚を突かれたように目を丸くした。

 川里は頭を掻き、


「男の方が手軽なのは肩身が狭いんだ」


 初木がクスリと笑う。


「そんな台詞初めて聞いた」


 初木は川里に買い物袋を差し出した。

 川里は買い物袋を受け取った。

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