第2話「スウィートイージー製糸工場」

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 川沿いのエリアは、日が昇ってきても雰囲気が暗い。

 人家は少なく、木もまばら。視界は開けているのに、どこかじめっとしたイメージがある。

 川からの風が湿気を含み、足元もぬかるんでいるせいだろうか。

 一応、道は砂と砂利で舗装されている。

 その上を、エドウッドとガートルードはのんびりと歩いていた。


 宿で簡単な朝食をすませたあと、かなり早い時間にもかかわらず、次の目的地へ。

 そもそも観光に来ているわけではないから、というのもあるが、見知らぬ土地を見て回るような趣味を、エドウッドもガートルードも持ち合わせていなかった。


 二人は、並んで歩いている。

 いつもどおり、言葉は、ない。せいぜい、道を確認するためのいくつかのやり取りをした程度だ。

 それでも、早朝の静かな空気の中を、ゆっくりと二人だけで歩くこの時間が、ガートルードはとても好きだった。



 やがて、前方に無骨なレンガの壁が見えてきた。

 一面の草むらが広がる中、唐突に広がる建築物。壁の長さから見て、相当広大な敷地を囲っているのが見て取れる。


「あそこが、今日の訪問先でしょうか」


 ガートルードのつぶやきに、エドウッドはうなずいた。



 スウィートイージー製糸工場。

 このウェルスヒルの町では比較的新しく、そして最も規模の大きな工場である。

 もっとも、建物自体はとても古い。

 この工場は、国が産業育成のために作った官製工場が始まりだった。

 各地に巨大な工場が建てられ、国を挙げて紡績機械を導入し、工場労働者を当たり前の存在にしていった。


 もっとも、工場経営自体はかなり杜撰だった。

 所詮お役所仕事で、利益は二の次で非効率で非合理的、問題が起きても解決は先送りばかり。

 毎年巨額の税金を食いつぶし続け、議会で非難を浴びた産業省は投入した資金の回収をあきらめ、巨額の損失を抱えたまま民間に払い下げられることになった。

 ところが、工場の規模が大きすぎたために、買い取り手がなかなか見つからない。

 官製工場ということで無駄に敷地が広く、建物が豪華だったためだ。

 最終的に、ほとんど投げ売りのような価格で売却されたものの、その巨大さゆえに買い取った側も工場を持て余し、しばらく放置されてしまっていた。


 そんなスウィートイージー工場が再稼働を始めたのが、ようやく数年前。

 先代の死去によって工場を遺産相続したのが、現在の社長だ。

 元々紡績工場を経営していた彼は、敷地の大きさを生かして大型機械を多数導入、ずば抜けた生産量を誇る製糸工場として再開させたのだった。



 工場の大きな門扉が見えてきたところで、ガートルードは建物の大きさ、装飾の細かさに息をのんだ。

 高いレンガの壁に囲まれていて上の方しか見えないが、それでも豪華さは十分にわかる。

 町の中心部から川原に近いこの工場まで、他にめぼしい建物もないのに、ずっと丁寧に舗装された道が続いているのもうなずけた。


 すぐ前を歩いていたエドウッドが、ふいに足を止めた。

 ガートルードが前方に目をやると、門扉の前に若い守衛が二人、暇そうに立ち尽くしているのが見えた。

 道はまっすぐその門に続いている。


 エドウッドがなにに気をとめたのか聞こうとしたとき、ガートルードの後ろからなにかが近づいてきた。

 車輪の揺れる音、きしむ金属音。

 振り向くと、魔法自動車オートモービルがすぐ後ろで停車するところだった。


 魔法自動車オートモービルというのは、魔法機械で走る車のことだ。

 始めは、魔法術式を使って車輪を回す仕組みが発明されたものの、魔法鉱石の消費量の多さが問題点だった。魔法道具でお湯を沸かし、蒸気の力で走るしくみが発明されたおかげで、王都では乗合馬車に代わりつつある。

 もっとも、舗装された道路以外は走れなかったり、常に水を補給する必要がある、などの欠点があり、個人で所有しているのは一部の貴族や好事家程度だった。


「失礼────」


 魔法自動車オートモービルの扉を開けて、男が一人降りてきた。

 落ち着いた色合いのスーツの男性。年齢は初老くらいだろうか。仕草や言葉遣いから品の良さを感じさせる。


「王都からいらっしゃった工場監督官さん……でいらっしゃいますよね?」


 男は足をそろえ、深くお辞儀をした。

 慌てて、ガートルードも会釈を返す。


「お待ちしておりました。スウィートイージー製糸工場の社長をしております、ワーズナーと申します」



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