-13-

「ふう……」


 部屋に入るなり、エドウッドは大きなため息をついた。


「つっ…………かれた…………」


 荷物を置いてベッドに座り込むエドウッド。

 ガートルードはさっと部屋の中を見回して、見つけた水差しとコップを手に取る。


「お疲れ様ですエド様」


 水を入れてコップを差し出すと、エドウッドはありがとう、とそれを受け取って一口飲んだ。


「あの女将さん……よく、しゃべる」

「噂話の好きそうな方でしたね」


 心底疲れた表情でエドウッドが言う。

 そう言われてガートルードは苦笑した。


 そうでなくとも、エドウッドは他人と会話するのが苦手だ。

 基本的には世間話程度の内容で、とくに絡みづらいような話題でもなかった。それでも、あの女将のように色々な話題を次々と投げかけてくるタイプは、殊更に苦手だった。

 自分が代わりに話していたとしても、それは同じだった。

 必要最低限、余計なやり取りはなるべくしたがらない。

 エドウッドはそういう人だということを、ガートルードは良く知っていた。


「あの手の人は……会話を終わらせるタイミングが、わかりづらい」

「おそらく、悪意はないのでしょう」

「悪意がないから……余計に、申し訳なく、思う」


 本当に疲れた感じの声で、エドウッドは言う。


 エドウッドが苦手なのは、コミュニケーションが苦手というよりも、自分が話下手だというコンプレックスから来ている。

 そのせいで相手にも気を遣わせてしまっていることに、余計に疲れてしまうのだ。


 ベッドに腰掛けてぐったりしているエドウッドを横目に、ガートルードは背負っていたリュックサックを床におろした。

 そして中から部屋着、着替え、寝支度用の道具を取り出してベッドの上に並べていく。


「ああ……すまない。ありがとう」

「エド様は、そのまま休んでいてください」


 申し訳なさそうに言うエドウッドに声をかけ、ガートルードはてきぱきと荷物を整理していく。

 といっても、もともときちっと整理整頓されてしまわれているので、さほど時間はかからない。


 エドウッドの荷物が入っていたアタッシュケースをベッドの下に押し込んで片付けたところで、ガートルードはほっと一息ついた。



「ルーは、すごいな」


 ふと、エドウッドがつぶやく。


「相手とちゃんと話ができるなんて」

「いえ……」


 ガートルードは、少し照れたようにうつむく。

 さすがに褒めすぎだと思うものの、エドウッドの口調にふざけた様子はなく、本気で感心して褒めてくれているのがわかる。

 ────たしかに、エドウッドにとってみれば、あれだけ怒って感情を拗らせた相手に話を進めるのはかなり難しい。

 あまり謙遜しすぎるのも失礼かもしれないと思って、ガートルードは言葉を濁した。


「エドさまこそ、さすがです」


 話を切り替えるように、ガートルードは言った。

 もちろん、本気でそう思っている。


 社長との面談の流れは、すべてエドウッドがあらかじめ用意した流れのとおりに進んだ。

 問題を指摘し、整理するところからはじまり、その原因の説明、そして改善のための提案の内容まで。すべてエドウッドがあらかじめ考え、まとめておいたものだ。


 社長を説得するのに、聞き取り調査の結果と、そこから導き出される問題点、そして改善のために必要なこと。

 それを職工たちから聞いた話から拾い上げ、まとめ、分析する。

 ────それをたった一日でやり遂げてしまう人が、凄くないはずがない。


「それこそ、いつものこと……だ」


 軽く笑いながら、エドウッドは言った。


「とんでもありません」


 ガートルードはこぶしを握りながら言う。


「エドさまはいつも凄いことをやっておられます」

「……あの社長は」


 エドウッドは、少し遠くを見るような目をした。


「自分は、労働者を守っているつもりで、いた。……職工たちも、社長に文句は言いながらも、辞めようというものは一人も……いなかった」


 言われて、ガートルードは聞き取り調査の内容を思い出す。

 確かに、職工たちの中に愚痴をこぼす者はいても、本気で社長を憎んだり恨んだりしている者はいなかった。


「本当なら……あの工場の経営状況なら、人員整理した方が、経営再建は早い。……職工たちを解雇したとしても、他で働く工場を見つける世話をしてやればいいだけ、だから……」

「でもあの社長は、おそらくこの提案は受け付けない、と────エドさまは、思われたわけですね」


 ガートルードの言葉に、エドウッドは黙ってうなずいた。


「だから……人員整理ではなく、作業効率の改善を提案した」

「さすがです、エドさま」


 目を輝かせながら言うガートルードに、さすがにエドウッドは照れくさそうに下を向いた。


「でも、社長が最終的に受け入れたのは……やっぱりルーのおかげだ」


 顔を上げて、エドウッドが言った。


「自分は、あんな風には会話ができない」

「エド様はいつも努力しておいでです」


 あれだけ仕事をきっちりとこなしておきながら、驕るどころか、こんなにも自分に感謝をしてくれる。


(それなのに、驕るどころか、私をこんなに褒めてくださる)


 そして、それだけ凄い人が、それでも苦手なことがあるということが、なんとなくガートルードにはうれしかった。

 苦手だとわかっていることを、自分から克服しようとしていることも。


 もっとも、なんでも完璧にできるようになってしまったら、それこそ自分の手伝いなんか必要としなくなるだろう。

 それはそれで、とても寂しくて悲しいことだ、とガートルードは思った。


「いや」


 エドウッドは首を振る。


「今日は、ルーにいっぱい手伝ってもらった」


 エドウッドは、ゆっくりとガートルードの前まで歩いてくると、ゆっくりと腰を下ろした。

 まるで子供に言い聞かせるように、目線の高さをガートルードにあわせて、じっと目を合わせる。


(また────)


 顔が近い。

 心臓が早くなるのを必死で押さえるように、ガートルードは手をきゅっと握りしめた。


「ルーには、ちゃんとお礼をしたい」

「今日のことは、すべてエド様がお考えになったことを、ただ実行しただけです。

 だから、ルーはなにも────」

「ルー」


 エドウッドは、ガートルードの頭の上に優しく手を置いた。


「ルーは、いつもちゃんと仕事をして、くれている……。ルーは、いつも立派で、しっかりしている。

 だから……あまり、自分を卑下しないで欲しい」

「ですが────」


 言いかけて、ガートルードは口をつぐんだ。

 じっと見つめてくるエドウッドの目。

 ────とてもやさしい、だけどどこか寂しそうな、悲しそうな目。


(この人は────)


 その目の奥の感情を、ガートルードは知っている。わかっている。


(いつもこうやって、私を認めてくださる。私のしたことを、褒めてくださる)


 でも、エド様は。

 自分のことは決して、許さない。

 過去に自分が、してしまったことを、今でもずっと、許せないでいる────


(それは、あなたのせいではない、と────)


 何度、それを口にしても、この人の決意は変わらなかった。

 ────だから、決めたのだ。


(私は、エド様をお支えしなくては────)



 ガートルードの視線に、エドウッドはふっ、と優しく微笑んだ。


「だから、今夜の夕食は、ルーの好きなものを、食べに行こう」


 ガートルードは、小さく笑顔を作って、答えた。


「────はい、エド様」



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