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「すみません」


 町の中はすでに薄暗くなり、魔法鉱石で発光する街灯が淡い光を放っている。

 宿屋の前の道で掃き掃除をしていた宿の女将は、突然声をかけられて振り向いた。


「あいよ。いらっしゃい」

「部屋は空いていますでしょうか?────ここなら、亜人族デミヒューマンでも泊めてもらえると伺ったのですが」


 女将は、声の主であるエルフィ族の娘をしげしげと眺めた。


 耳の長いエルフィ族は、この町では珍しい。

 もともと亜人族デミヒューマンの住人は少ないが、それでもたまに見かけるのは、工場に働きに来ている体力のある種族ばかりだった。

 体が小さく力もあまりないエルフィ族は、少なくとも工場労働者の中にいた記憶はない。


 もう一つ女将の目を引いたのが、この娘の後ろに立っている背の高い男性。

 旅に似合わない、ピシッとしたスーツ姿。手には大きめのアタッシュケースを持っている。


 女将はしばらくその二人を値踏みするように眺めた後、ニコッと笑顔を作った。


「うちは誰でも大歓迎だよ。二人旅かい?案内するよ」

「ありがとうございます」


 ガートルードは、丁寧に頭を下げた。



 エドウッドとガートルードは、スリーウィール製糸場から出た後に町の中心部まで戻ってきていた。

 以前よりも寂れたとはいっても、街道沿いの中心部のあたりまで戻ってくると、商店が立ち並び食事やお酒を提供する店も増える。そして、それとともに宿もいくつか見つけることができた。

 しかし、このあたりの店は街道を通る旅人に向けたものがほとんど。お金を持たない無宿者────そう見られる相手には冷たい。

 それは、よそ者と思われている亜人族デミヒューマンに対しても同様だった。


 エドウッドとガートルードが二人でゆっくりできる宿屋はなかなか見つからなかった。

 それで結局、今夜の宿を探し歩いているうちにまた町はずれの方まで戻ってくる羽目になったのだった。



「それにしても」


 二人を宿の中へ案内しながら、女将は振り返って言った。


「ヒト族と亜人族デミヒューマンとは珍しい組み合わせだねえ。もしかして夫婦ものかい?」

「よく────わかりましたね」


 ガートルードは、素直に驚いた。


 この国でヒトと亜人族デミヒューマンの夫婦は、とても珍しい。

 人の多い王都ならまだしも、地方や郊外のような保守的な土地へ行けば行くほど、ヒト族と亜人族デミヒューマンは別れて暮らしていることが多いからだ。

 もっとも、貴族などの上流階級の中には、使用人として亜人族デミヒューマンを雇っていることもある、という話をガートルードは聞いたことがある。が、そのくらいヒト族と亜人族デミヒューマンは行動を共にすることが少なかった。


 女将はくすっと笑った。


「この商売も長いからねえ。見ていればなんとなくわかるのさ。────どこから来たんだい?」

「エディンです」

「へえ!王都からかい。そりゃ遠かっただろ」


 入口のロビーは狭く、魔法鉱石による明りは薄暗い。

 しかし、質素で飾り気はなくても丁寧に掃除と手入れが行き届いていることに、ガートルードは気付いた。

 女将は受付のカウンターの裏に回り、帳簿を取り出した。


「どうしてこんな辺鄙な町に?働き口でも探しに来たのかい?」

「いえ、その────」


 ガートルードは、少し逡巡した。

 説明するのは簡単だが、無用に警戒をされても困る。

 ちらっと横のエドウッドに目をやるが、エドウッドは不思議そうな顔で黙って立っているだけだった。


(────まあ、別に問題にはならないでしょう)


「仕事で来たのです。エド様────夫が、工場監督官ですので」

「へえ────工場監督官ねえ」


 今度は女将が驚いた顔をした。


「なるほどねえ、この町の工場にも調査しに来たってわけかい。あれだろ?真夜中まで働かせてないかとか、給料をちゃんと支払っているかとか、調べるんだろ?」

「まあ、そんなところです」

「スリーウィールっていう製糸場にはもう行ったかい?あそこはこの町じゃ一番古い工場だからねえ」

「はい。ちょうど今日伺ってきたところです」

「へえ!あそこはねえ────」


 途端に、女将はウキウキと噂話を始める。

 どこの誰がああ言っていた、あの人は昔あそこに勤めていていくら稼いだ────と、他愛もない話が続く。

 話好きの人なのだ、とガートルードは思った。


「じゃあ、今夜はここに泊まって、明日は川向うの工場に行くんだろ?」

「川向う、ですか?」

「あそこは最近、大勢の亜人族デミヒューマンを雇って派手にやってるからねえ。いつか役人に目を付けられるんじゃないかって思ってたんだよ」


 すぐ後ろで、エドウッドが小さく咳払いをした。

 それに気づいてちらっと眼をやると、ガートルードはエドウッドと目があった。


 エドウッドが黙ってうなずくのを見て、ガートルードは女将に言った。


「そのお話を、詳しく伺ってもよろしいでしょうか」

「詳しくったって、あたしが知ってるのは噂話程度だけどね」


 カウンターに広げられた帳簿にガートルードが記入しているのを見ながら女将はつづけた。


「川の向こう側に新しい工場が出来たんだけど、それといっしょに亜人族デミヒューマンも増えてさ。ほとんどが東の大陸から出稼ぎで来た連中だろ?言葉も習慣もまるで違うし、古い町だから嫌がる人も多くてねえ」

「そうなのですね」

「それで、そんなに大勢集めるなんて、あの工場よっぽど安い金で雇ってるんじゃないかって噂になっててさ」

「なるほど」


 ガートルードが書き終えたものを確かめてから、女将は大きな鍵を渡した。


「でもって、それだけ人数がいるくせにめったに工場から出てこないんだよ。中に自前の食堂やらなんやらがそろってるらしくてねえ。

 休みの日に飲みにでも来てくれればありがたいんだけどねえ」


 ガートルードがそれを両手で受け取ると、女将はニカッと笑った。


「部屋は廊下の突き当り。朝日が差し込んできて気持ちよく起きられるよ。食事は隣の建物で店やってるからそっちで食べておくれ。おススメは鶏肉のシチュー。親戚が近くで養鶏場やっててね、いいのをわけてくれるんだ」

「ありがとうございます」

「それじゃ、なにかあったら呼んどくれ」


 ぺこりと頭を下げるガートルード。

 女将は手を振りながら、また箒を手に表に出て行ってしまった。


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