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「────しかし」
再び、ガートルードは口を開いた。
しかしそれでも、言わなければならないことがある。
「前回の改正により16歳以下の児童は一日10時間まで、深夜業は禁止となっています。────16歳までの者を深夜業からはずすだけでも、なんとかなりませんか」
「それが出来れば苦労はしねえんだよ!」
半ば悲鳴のように、工場長は叫んだ。
「法律がどうとか関係なく、ガキどもを無理やり働かせるのなんて好きでやってるわけねえだろ!オレだって小さい連中にしんどい思いして仕事させたかねえんだよ!────だけどなあ、そうでもしねえとウチの工場は人手が足りなくて回らねえんだよ!」
工場長は握った拳を叩きつけ、ドン、とテーブルが揺れる。
ガートルードは、それをじっと見つめていた。
「もっと生産量を上げなきゃあいつらの給料さえ払えなくなっちまう!そうなったら、もしウチの工場が倒産なんてなっちまったら、ウチで働いてる奴らはどうなるっていうんだ?若い奴らはまだいい、ほかに働き口を探せるからな。
────でも、ウチの古い機械しかいじったことがない年配の連中は、他の工場に行ったって貰える給金が減っちまう。それじゃ食っていけねえって連中だって大勢いるんだよ!
王都のエリートさまにはわかんねえかもしれねえだろうが、オレだって必死でやってんだよ────!」
工場長のセリフが途切れたのを見計らって、ガートルードは再び口を開いた。
「こちらの工場の事情については、聞き取り調査で大まかなことは把握しております」
「だったら────!」
「なので、いくつか確認をさせてください」
少し柔らかい、優しい口調で、ガートルードは言った。
「────確認、だと?」
その言葉に工場長は怪訝な表情になる。
ガートルードは、手に持った書類に目を落としながら言った。
「まず────深夜業の人員を増やしているのは生産量を確保するため、と推測いたしますが、相違ございませんか?」
「そりゃあ、夜遅くまで機械を動かさなきゃ間に合わないからな!」
「ですが────そのことによって一人当たり、時間当たりの生産量が低下する、という問題が発生しています」
「そ、そんなことはわかってんだよ!」
再び声を荒げて、工場長は言った。
「けど、そうでもしなきゃ生産が追い付かねえ!生産が足りなきゃ納品が間に合わねえ!間に合わねえと会社がつぶれちまうんだ!だから────」
「ありがとうございます」
セリフの途中で、ガートルードは深く頭を下げた。
意表を突かれて、工場長は続く言葉を飲み込む。
そして、ガートルードは頭を上げ、工場長の顔を見ながら言った。
「では、工場の問題を改善するための提案を、聞いていただけますか」
「────えっ?」
出てきた言葉が意外過ぎて、工場長は思わず後ずさった。
どんな言葉で言い返してくるのかと身構えていただけに、言い返してやろうという勢いが空中に霧散してしまった。
「生産効率が低下しているのは」
じっ、と工場長の目を見ながら、ガートルードは言った。
「長時間、深夜業などによる疲労の蓄積が原因です。実際に、統計データを見ると糸切れや機械の操作ミスの頻度は深夜になるほど、また長時間労働した者ほど高くなっています」
「だ、だから────!」
「そして、休憩時間の不足も深刻です。労働時間が伸びているのに休憩時間は変わらないため、時間当たりの賃金は多めに計算されていますよね?しかし、先ほど申し上げた通り生産効率が低下しているため、同じ賃金に対して生産量が低下していることになります」
「そ────」
反応を待たず、ガートルードは矢継ぎ早に続ける。
口をぱくぱくさせている工場長に、ガートルードはゆっくりと、はっきりした口調で言った。
「一日の作業時間の見直しから、まずは始めてみませんか?」
ぽかん、と口を開けたまま工場長は固まった。
さっきまで工場の問題点を指摘され、それに言い返す言葉ばかりを考えていたせいで、提案されるという展開に言葉が追いつかないのだ。
「適切な休憩時間を挟むことで生産効率を改善できれば、同じ人員、同じ賃金でも生産効率を向上させ、結果的に経営を改善させることが可能です」
「────で、でも」
「他にも、改善できる個所がいくつかありますが、これならばまずは経営への影響が最小限で、現状でもすぐに改善できる内容です。もちろんこれだけで全ての問題が解決するわけではないでしょうが、大切なのは問題を1つずつ改善していくことです」
もごもごと口を動かす工場長を、ガートルードはじっと見た。
(────どうやら)
ほっとしながら、ガートルードはちらっとエドウッドに目線を送る。
エドウッドもゆっくりとうなずく。
(無事に、お話を聞いていただけそうです)
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