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「だーかーら!」


 腕を組み、不機嫌そうに工場長は言った。

 部屋の真ん中で、イスにも座らず、つま先で床をトントンと叩きながら、目の前に立つエルフィ族の小娘を威嚇するように胸をそらす。


「工場法なんていちいち守ってたら商売にならねえつってんだろ!大体、法律なんてコロコロ変わるじゃねえか!」


 さほど大柄ではないとはいえ、肩幅も体格もそれなりにがっしりしている。しかも、年齢はずっと上の男性。

 それでも、ガートルードはまるでひるんだ様子もなく、表情一つ変えない。

 他の職工たちを相手にしていたのと同じように、背筋をまっすぐ伸ばして立ち、まっすぐに工場長を見据えている。

 それがまた、工場長をイライラさせている。


「前回の改正は三年前で、告知から1年間の猶予期間がありました」


 淡々とした口調で、ガートルードは言った。


 地方の工場経営者にとってみれば、工場監督官はうるさく口出ししてくる邪魔者以外の何者でもない存在だ。

 すでに、エドウッドといろいろな土地のいろいろな工場をいくつも回ってきているガートルードにとっては、こうしてむき出しの感情を向けられることは、慣れっこだった。

 だからこうして淡々と対応した結果、相手がどのような反応をしてくるかも、わかっていた。


「そんなの知ったことか!困ったときはなにひとつ助けちゃくれねえくせによ!」


 想定通り、工場長は怒りを爆発させた。

 ガートルードは眉一つ動かさず、落ち着いた声で返す。


「改正内容については、文書での告知のほかの工場安全衛生庁の職員が直接説明のためにお伺いしているはずです」

「うるせえ!こっちは真面目に働くだけで精一杯なんだよ!ゴチャゴチャ細かいことまで覚えてねえ!」


 吐き捨てるようにそれだけ言って、工場長は横を向いてしまった。


 工場長の機嫌を取るだけなら、そんなに難しいことではない。

 核心には触れず、ただ日常の世間話に終始して、相手を立てて持ち上げてやればいいだけだ。

 アレやコレやの不正行為を見逃す代わりにこちらの要求を飲ませる。相手は渋々といった感じで取引に応じる。ナアナアで持ちつ持たれつ、といった関係に持ち込めば、書類上は仕事を完了できる。

 実際、そういう仕事の仕方をしている監督官も多いらしい。


 もちろん、エドウッドはそういうやり方はしない。

 その手のなれ合いが嫌い、ということもあるが、そういったやり取りには絶対に必要な、暗黙の了解、というやつを徹底的に理解できないタイプだからだ。


 だから、ガートルードもそっちの方向に話を持っていくことはない。

 ガートルードは、もう一度手元の書類────エドウッドが作った提案書を確認した。

 伝えるべき内容は、ここにすべて、簡潔にまとめられている。


(大切なのは)


 こちらの要求をどう伝えるか。そして、どう納得させるか、こちらの提案を飲ませるか。

 工場の抱える本質的な問題点を整理し、改善のための手順を提案し、それを理解させるか。

 ただ、それだけだった。


 ガートルードは、ゆっくりと息を吸って、はいた。


「調査によると、この工場の職人たちの一日の平均労働時間は12時間を超えていますね?」

「ああ?!」


 必要以上に大きな声を上げて、工場長はガートルードをにらみつけた。


「だからなんだ!ウチは昔からずっとこのやり方でやってきたんだ!法律の改正なんぞ知ったことか!」

「他にも────8歳の子供にも工場内の作業をさせていた、という話もありました」

「ガキどもにさせてるのは、せいぜい工場の掃除か作業着の洗濯くらいだ!仕事なんてさせてねえ!」

「────そのようですね。聞き取り調査からも、同様のお話を伺っております」


 まるで動揺するそぶりも見せない小娘に、工場長は舌打ちする。

 手元の書類を見ながら、ガートルードは続ける。


「たとえ清掃作業であっても工場側が指示し賃金を与えてやらせていたのであれば仕事とみなされます」


 パラパラと書類をめくりながら告げるガートルードに、工場長は激昂した。

 掴みかからんばかりの勢いで足を踏み出し、間に置かれているテーブルに乱暴に手をつく。


「賃金ってなあ!小遣い程度をお駄賃として渡してただけで────」

「ですが────もちろん工場法には違反していますが、親兄弟が仕事中に面倒を見る者がおらず、目の届くところに置いておく必要があった、という事情も伺っております」

「そ、それは────」

「ただ────問題があるとすれば、深夜業をさせていた者の中に12歳以下の子供がいた、という点でしょうか」


 痛いところを突かれたのか、工場長は言葉を詰まらせた。

 しかしすぐに、テーブルについた手を握り締める。


「こ、子供だろうが働けるのなら働くのは当然だろ!」

「家族の収入を支えるため、という事情があることも伺っております」

「そ────れは、だな、その────」


 ガートルードは一度口をつぐんで、工場長がなにかを言おうとするのを見守った。

 当然だ。弁解しようとしたことを先回りして言われたのだから。


 悪い人では、ないのだろう。

 ただ自分の利益のためだけに、社員や子供まで酷使するようなタイプの人間では、ない。

 ガートルードには、そう見えた。


「────しかし」



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