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その後もしばらく仕事や日常のことなどを根掘り葉掘り聞かれたあと、キーネはようやく解放された。
部屋を出たキーネは、入れ替わるように別の職工が部屋に呼ばれて入っていくのを見て驚いた。
────あれだけ細かく話を聞いておいて、まだ立て続けにやるのか。
ただの優男と小娘だと思ってたけど、工場監督官とその助手というのはとんでもない根気と体力のいる仕事なんじゃないか。
待ち構えている他の女工たちからの好奇心に満ちた目線を想像しながら、キーネは作業場に戻っていった。
その後も、ガートルードは一人ひとりから事細かく仕事や日常の様子を聞いていった。
工場長に対して、キーネと同じように愚痴をこぼす者。食堂の食事の話をする者。仕事の忙しさと大変さに愚痴をこぼす者や、族や幼い者たちまで駆り出されて仕事をしていることに愚痴をこぼす者。
全ての職工たちから聞き取りを終えるころには、すっかり日が傾いてしまっていた。
「最後は工場長さんですね」
残った書類をまとめ、机の上でトントンとそろえながら、ガートルードは言った。
エドウッドは打ち終えた紙をタイプライターから取り出したあと、それをパラパラとめくりながら目を通している。
「素直にお話していただけるといいのですが」
「…………工場長、とは」
エドウッドが、ぽつりとつぶやいた。
「和やかに……話を進めたい」
「和やか、ですか」
「聞き取り調査から……まとめたデータと、過去の資料……そこから、提案を……まとめた」
エドウッドはそう言いながら、1枚の書類を手渡す。
ガートルードは、それを受け取って素早く目を通した。
「これを……このとおりに読み上げれば、きっと工場長とも……和やかに、話せる」
「────なるほど」
「だから……」
エドウッドは、少し口ごもる。
「今回は……自分で、やってみたいんだ」
「エド様、お待ちください」
エドウッドの言葉に、ガートルードは書類から目を離した。
「提案を、ご自分でなさるおつもりですか?」
「たまには、自分で……きちんと、仕事を終わらせてみたい、んだ」
「ですが────」
ガートルードは、エドウッドをじっと見た。その目線から逃げるようにエドウッドは少し横を向いた。
困ったように眉を寄せるエドウッドに、ガートルードはため息をつく。
「御心がけはご立派でいらっしゃいます。────しかし、あれほど怒ってらっしゃった工場長を相手にされるのは、難しいかと」
「でも……」
少し迷うように目を泳がせた後、エドウッドはガートルードのほうへ顔を向けた。
「いつまでも、ルーに甘えているわけには……いかない、から」
その真剣なまなざしと、少しの照れを含んだ声に、ガートルードは思わず言葉を詰まらせた。
(────この人は)
自分の容姿がどれだけ端麗で、声やしぐさがどれだけ心を動かすのか、わかっていない。
遠目に見かけた女工たちがあれだけ騒ぐのに、こうして目の前で懇願するような、どこか甘えるような表情を、しかも自分にだけ向けてくる。
一応妻という立場ではあるけれど、それはあくまで義務としてのものだし、この人がどこまで本気で────
(────じゃ、なくて)
あさっての方向に行きかけた思考を引き戻し、ガートルードはエドウッドの顔を正面から見据えた。
「エド様」
それでも。
ここは、はっきりと言わなくてはいけない。
「この内容であれば、確かにあの工場長さんにも理解していただけると思います。
────問題点の提示、行うべき改善点とその理由、改善によって得られるメリットとそのリスク、なにより相手の事情を考慮したうえでの提案ですので────そこは、ご理解いただけると思います。
ですが、エド様は、人とお話をするのが、あまり得意ではありません」
「で、でも……」
「あれほど感情的になってしまっておられる工場長さんを相手に、この内容を説明するのは────申し訳ありませんが、エド様には少々荷が重いかと」
「そ、そうか……」
がっかりした顔で、肩を力なく落とすエドウッド。
申し訳なく思いながら、仕方がないのだ、とガートルードは自分に言い聞かせた。
エドウッドに悪意はない。
むしろこの提案書は相手のために一生懸命考えて作ったものだということは、読めばわかる。
ただ、問題はそこではない。
「ご自分の欠点を改善なさろうという御心がけは、とても立派だと思います。ですが、それは仕事ではなく、もう少し別の機会でもよろしいのではありませんか?」
「……その、とおりだ」
しょんぼりしてしまったエドウッドを見て、ガートルードはくすっと笑う。
これだけ頭のいいエドウッドが、人前で話そうとすると、なぜか言葉が出てこなくなってしまう。
話すべき内容も伝えるべき言葉もわかっているのに、うまく口にすることができない。
人見知り、口下手、色々な言葉があるが、エドウッドにはその全てが当てはまる。
自分よりも背が高く、見た目も雰囲気も頼れる大人の男の人が、そんな欠点を抱えている。
そして、苦手なことを自分にだけうちあけて、頼ってくれる。
ガートルードには、それがたまらなくうれしかった。
「────ルーは」
すこしの間のあと、優しい声でガートルードは言った。
「ルーは、エド様に頼っていただけることが、なによりもうれしいのでございます」
「そ、そうか……」
エドウッドは、少し恥ずかしそうに頭をかいた。
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