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工場監督官というのは、とても地味で手間のかかる仕事である。
大工場だけではなく。国内に無数にある中小規模の工場にも、全て直接赴く。
工場法に対する理解を深め、遵守するように指導していくことも、仕事に含まれている。
それだけではなく、そこで働く労働者、その家族に、工場での仕事の内容、収支の変化、暮らしぶり、食事、工場の環境や待遇────さらには日々の悩みまでを、事細かに聞き出していく。
そうすることで、工場の実態、工場で働く労働者たちの抱える問題点を洗い出す────というのが、主な仕事だった。
そして得られた情報をまとめ、次の工場法の改正に反映させていく。
王都の役所勤め、という言葉で女工たちがきらきらと抱くイメージとは裏腹に、かなりハードで地味で、とてつもなく時間のかかるものだった。
「────すると、あなたは10年以上この工場で勤務されているわけですね」
エドウッドがカチャカチャとタイプライターで文字を打つ音を背中に聞きながら、ガートルードは言った。
このタイプライターは近年開発された魔法道具だ。文字の書かれたキーを打つだけで、誰でも印刷物のような綺麗な字で、紙に書いていくことができる便利なものである。
────ちなみに、これは結構な値段がするものだったが、店の前でエドウッドが見つけて珍しく強く興味を持って眺めていたのを見て、ガートルードが嫁入り前からこっそりと貯めていた貯金で購入してプレゼントしようとして、エドウッドと珍しくケンカした、といういわくつきの代物だった。
「そうなんだよ。いつ辞めよういつ辞めよう、って思ってるうちに、いつの間にかねー」
キーネは、あまり抑揚のない声で答えた。
かつて女工というのは花形職業だった。
それまで外に出て働くのは男の役目だった。しかし紡績機械が発明され、誰でも工場で働けるようになると、女性もお金を稼ぐことができるようになった。
それは女性が家を出て、自分の足で世の中に出ていくことができる、ということでもあった。
女工というのは、それまでの古いしきたりや風習から解き放たれた、新しい時代の象徴でもあったのだ。
キーネもまた、新しい自由な生き方を夢見る一人だった。
農業と蚕業しかない山間の小さな村で、周りと同じように暮らし、嫁ぎ、子を産んで育て、やがて年老いて死んでいく。そんな決まり切った人生に絶望していた時に、女工募集の張り紙を見つけたのだ。
「昔は儲かったんだよ。魔法使いにしか作れないような綺麗な糸と布が、大きな機械で誰でも作れちまうんだからさ。工場ができたばっかりの頃は、戦争が終わってすぐだったし、景気も良かったからね。
あの頃は社長も、ウチの工場の生糸をこの町の特産品にするんだ、ってはりきっててねえ。今とはえらい違いだよね。
────今はもうだめだね。生糸の値段は下がる一方だし、新しい工場はどんどん出来るし」
キーネはため息交じりに愚痴をこぼした。
ほぼ毎日のように同じ愚痴を繰り返しているが、この工場では比較的古株のキーネに苦言を呈する女工はいない。そのかわり若い女工たちからめんどくさそうな顔で相手されているのにも、キーネは気づいている。
「今とは違う────ということは、昔の社長さんは今とは違う感じだったのですか?」
「んー……どうだろうねえ」
ガートルードの質問に、キーネは少し言葉を止める。
「あの頃は、随分儲かってたからねえ。今みたいにずっとイライラしてなかったよ」
「事前にいただいた資料でも、開業からしばらくは順調に収支をのばしていますよね」
ガートルードは、手元の資料をパラパラとめくる。
そんな資料まで用意してあることに、キーネは内心驚いた。
「工場の規模も拡大し、雇っている職工────工場労働者の数も年々増えていますね」
「それこそ、最初のうちだけはね」
キーネは肩をすくめた。
「あの頃は社長も、家を大きくしたり服装が派手になったりしてすごく羽振りが良かったんだ。んで、態度もだんだん偉そうになって行ってさ。でも────川向うに新しい工場が作られてからかな」
「────というと、4年ほど前ですか」
「そうそう、確かそのくらいだったかね。毎日イライラして、みんなを怒鳴り散らすようになってきてねえ」
キーネはそう言いながら、ガートルードの後ろでタイプライターをガチャガチャ叩いているエドウッドに、ちらりと目をむけた。
「あ、アタシが言ったってことはナイショにしといておくれよ?あとで社長にバレたらめんどくさいからね」
「もちろんです。ご安心ください」
ガートルードは軽く微笑んだ。
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