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「それよりも」
無駄というか、あまり意味はないということはわかっていても、それでも一応言っておかなくてはならない。
ガートルードは、腰に手を当てエドウッドの真正面に立った。
「どうしてわざわざ、私が『妻』だなんて、言ってしまわれたのですか?」
「ん?」
エドウッドは不思議そうに首を傾げた。
この、背の高いきちっとスーツを着たこの男が見せる、このあどけない表情が。
黙って立っていれば、知的で紳士的で大人びた雰囲気を持つ普段の印象とのギャップが、周囲の女性たちを騒がせるのだろう。
本当は、それはギャップなどではなく。
こっちがエドウッドの本当の内面なのだ。
────そう想いながら、ガートルードは続けた。
「あの場は、ただ『助手』だと言うだけ済んだはずです。妻であることを明かす必要は、なかったのではありませんか?」
「しかし────」
「いいですかエド様」
口を開きかけたエドウッドに、ガートルードは先回りして言葉を封じる。
「ただでさえ、王都から来た役人は工場の経営者から警戒されるものです。
いままでもそうでしたよね?」
「あ、ああ……」
「であれば」
ガートルードの口調の強さに、エドウッドは目をしばたたかせる。
「不必要に相手から不信感を抱かれたり、反感を持たれるような言動は慎むべきです。
────それなのに、わざわざ、私とエド様の関係を明かす必要は無かったのではありませんか?」
「でも────」
「『何故黙っている必要があるのか?』などとはおっしゃらないでくださいね」
ぴしゃりと言われて、エドウッドは押し黙ってしまう。
「
私がエルフィ族、
ですが、そのことでエド様まで悪く言われるのは、私は悲しいのです」
「でも……」
エドウッドは、少し顔をしかめた。
「彼は、ルーのことを……『テメェ』と、呼んだ」
意外な返答に、ガートルードは思わず口をつぐんだ。
「2度も、だ」
「で、すが────」
「だから……」
エドウッドは少し腰を落として────目の高さをガートルードに合わせた。
「だから、ルーに対して……そんな言葉づかいを、しないように……彼には、きちんと言っておかなければ、ならない……と、思ったんだ」
見慣れているはずのエドウッドの顔に、ガートルードの心臓は小さく跳ねた。
ガートルードをまっすぐ見つめる、真剣な目。
(顔、近────)
思わず顔が熱くなるのを感じて、ガートルードはうつむいた。
間近でこんな顔をエドウッドに見られるのは、さすがに恥ずかしかった。
「そのようなこと、私は別に」
「『そのようなこと』じゃ……ない」
「エド、様────」
「ルーを、傷つけるものは……許さない。誰であろうと、だ……」
小さなつぶやきに、エドウッドはさらに顔を近づける。
鼓動が早くなるのを感じながら、ガートルードは固まってしまう。
「私には、ルーを守らなければならない……義務が、ある。
だから……」
義務。
少し、重たい言葉だ。
その中身は、言われずともガートルードはわかっている。
いや。
義務だからこそ、エドウッドは本気で自分を守ろうとしてくれている。
エドウッドは、いつだって本気だし、裏表がないのだ。
(それよりも────)
今の自分の表情を、エドウッドに悟られてしまっただろうか。
感情が顔に出すぎてしまっていなかっただろうか。
ガートルードは、そっとエドウッドの表情をうかがった。
「悪く、言われたときは……もっと、怒っていい。ルーが怒らないなら、私が……代わりに怒る」
ゆっくりと体を起こしながら、エドウッドは言った。
(この人は)
エドウッドは、ものすごく口下手だ。
思ったこと、考えたことを言葉にして伝えるのが、とても苦手なのだ。
だから今の言葉には裏も表もない。ただ純粋に、自分のために怒ってくれている。
昔の約束を、守るために。
(────そういう、お方なのだ)
だから、きっとさっきの表情には、気付いていない。
その奥にあるものには、きっと気付いていない。
それは、絶対に見せてはいけないものだ。
────気付かれてしまったら、きっと困惑させてしまうから。
エドウッドはそのままくるっと背を向けて歩き始めた。
ほっとして、ガートルードもその後を追った。
(でも)
エドウッドは、先ほど工場長の入っていった作業棟の入り口の扉に向かって歩いてゆく。
その後ろをついて歩きながら、ガートルードは小さくため息をついた。
(エド様は、わたしが悪く言われたことに、すごく怒ってかばってくれる。
────でも、自分が悪く言われることに対して、あまりにも気にしなさすぎる)
工場の建物へ入っていくエドウッドとガートルードを遠巻きに眺めながら、女工たちがヒソヒソと話している。
その小さな声に、ガートルードは耳を動かした。
────イケメンだと思ったのにコブ付きかあ。
────あの年でお役所勤めなんてうらやましいのに、結婚相手がアレじゃあねえ。
ちらっとそっちを見る。
女工たちの、嫌悪感むき出しのいかがわしいものでも見るような目つきに、ガートルードはその小さな手を握り締めた。
(わたしが────しっかりお支えしなくては)
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