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「ああ?妻だと?!」


 工場長は思いっきり顔をしかめると、忌々しそうに吐き捨てた。


「妻だと?エルフィが?

 正気か?こんな子供みたいな見た目の────」

「エルフィ族、と、いうのは」


 大きめの声、しかしのんびりとした口調で、エドウッドは工場長の言葉を遮った。

 少しうつむき気味に、目だけを相手に向ける。


「────っ」


 ガタイの大きな男の目線に、工場長は思わずたじろぐ。

 相手が口を閉じたのを見て、エドウッドは右手の人差し指をそっと眉間に当てた。

 ────それはエドウッドがなにかを語り始めるときのクセだ、ということを、ガートルードは知っている。


「エルフィ族は……寿命がヒト族の半分程度、しかない。

 その代わりに、身体の成長がとても早く、老化が始まるのが、とても遅い……」

「あぁ?」


 なにを言い出したのかわからず、キョトンとした顔で工場長は口を開けたまま固まる。


「子供のような、見た目……なのは、身長が低いせいもある、が……身体が若い期間が長い、からだ……。

 つまり……」


 右手を眉間から離して、エドウッドはまっすぐに工場長の顔を見た。


「彼女は、大人、だ……」

「そ、そういう話をしてるんじゃねえ!」


 顔を真っ赤にして、工場長が怒鳴った。


「小生意気な小娘をかばってなにを言い出すかと思えば、そいつが大人かどうかなんて関係ねえだろ!

 アンタ工場監督官なんだろ?工場監督官っていやあ、王都でお役所勤めのエリートさまじゃあねえか!なんで身分も血筋もわからねえ、そもそもヒト族ですらねえ、得体のしれない奴を妻なんかにしてんだよ!」

「あー……」


 エドウッドは、今度は頭をボリボリと搔いた。


「いきさつは、長くなるし、すこしややこしい話……なんだが」

「いや聞きたいわけじゃなくてだな!」


 またのんびりと話しはじめようとしたエドウッドに工場長は怒鳴った。

 話のかみ合わなさにギリギリと歯ぎしりをする工場長を見ながら、ガートルードはため息をつく。


(エド様、あれで素だからなあ)


 エドウッドには、相手を怒らせる意図はない。

 話をはぐらかしているわけではなく、もちろん悪意もない。それどころか、むしろ気を遣って相手の会話に合わせているつもりなのだ。


 それでも致命的に話がかみ合わないのは、感情を読むのが苦手ということもある。

 が、なによりも、相手との会話の中で誤解や不明瞭な点があればそれを一つ一つ丁寧に説明した上で理解されているかを確認し、そこで初めて次の会話に移る、という、意思疎通をする上でおよそ人を選ぶような話し方しかできないせいだ。

 もっとわかりやすい言い方をするならば、ただ単にコミュニケーションが苦手なのだった。


亜人族デミヒューマンなんて得体が知れねえ連中だ、っつってんだよ!

 もともと森だの山だので暮らしてたくせに、工場の仕事が稼げるってわかったとたんにどんどん集まって来やがった。あいつらが安い賃金で働くせいで生糸の値段が下がったんだ。おかげでウチの工場はなあ……!」

「んー……賃金、は」


 エドウッドはなにかを思い出すように首を少しかしげて、再び右の人差し指を眉間に当てた。


「賃金は……事前の調査、では、この町の工場は、どこも同じ水準、だった。

 また……ヒト族か、そうでないか、で……賃金の差は、ほとんど見られなかった。つまり……

 生糸の値段が下がって、いる……のは、人件費には、関係があまり……なく、市場の問題が、大きい。したがって……」

「も、もういい!」


 工場長は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 そのままモゴモゴと口を動かしていたが、言い返してみたところで意味がないことに気が付いたのか、ふいに後ろを向いて歩き始めてしまった。


(怒らせて、しまいました)


 工場監督官として仕事をする上で、工場長の機嫌を損ねたままというのは、あまり良いことではない。

 エドウッドがコミュニケーションを苦手とするなら。

 そのために、自分がいるのだから。


 ガートルードは、慌てて工場長の背中に声をかけた。



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