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 ガートルードは、前を歩いていたエドウッドの背中にぶつかりそうになって慌てて止まった。


「なにが工場監督官だ!ここはオレの工場だ!オマエらを呼んだ覚えはねえ!」


 なおも怒鳴る声。

 エドウッドの背中からこっそり前方を覗き込むと、中年くらいの男が立ちはだかるようにこちらを睨んでいるのが見えた。


 しわしわの年季の入ったシャツに、元は高そうなスーツ。

 今の言葉からすると、ここの工場長かなにかだろうか。


 「とっとと帰れって言ってるんだ!」


 男は拳を振り上げながら怒鳴った。

 ガートルードがちらっと目をやると、エドウッドは困ったような表情で固まっていた。


 ────それで、大体の状況が把握できた。

 ガードルードは、すっとエドウッドの前に進み出た。


「あぁ?」


 突然割り込んできた小娘を、工場長はギロリとにらみつけた。


「なんだぁ?」

「監査の日時は、事前に通告してあるはずですよね」


 ガートルードは気圧された様子もなく、真正面から工場長を見据える。


「工場監督官による工場の立ち入り監査は、法律で決められていることです」

「法律、だぁ?」


 工場長の眉がピクリと動く。


「法律なんて、やたらと規則ばっかり増やして破ったらすぐに罰だと言ってくるだけじゃねえか!オレたちが困ってるときはなにも助けちゃくれないくせによ!だいたい────」


 吐き捨てるように言いながら、しゃしゃりでてきた小生意気な小娘をジロっとにらむ工場長。その目が、ガートルードの耳まできて、止まった。


「あぁ?よく見たら亜人族デミヒューマンじゃねえかテメェ!エルフィだろテメェ!」


 唾を飛ばしながら工場長がガートルードの耳を指差す。

 その長くとがった耳が、わずかに動いた。


 エルフィというのは、耳が大きく長いという特徴を持っている亜人族デミヒューマンのことだ。


 ────この世界には、大多数を占めるヒト族の他に外見が大きく違う人間が多数暮らしている。

 大きな角が生えているものや、犬のような頭をしていたり、全身にうろこが生えていたりするもの。

 生物学や遺伝子研究が進んだ今でも、この国で大多数を占めるヒト族は、他の人型種族をひとまとめに亜人族デミヒューマンと呼んでいる。

 この国の亜人族デミヒューマンたちは、ヒト族の多い町の中にはそれほど多くは住んでいない。

 暮らす環境や生活習慣が違うということもあるが、過去のイザコザや偏見などから、ヒト族とはあまり交流を持たずに暮らしていることが多いからだ。



「でていけ!」


 工場長は、鼻息も荒く叫びながらガートルードに歩み寄った。


亜人族デミヒューマンごときに偉そうに指図される覚えはねえ!」


 工場長が手を振り上げ迫る。ガートルードはただじっと工場長の目を見つめたまま、身じろぎもしない。

 その手が襟首をつかもうと伸びてきたところに、横から大きな影がサッと割って入ってきた。


「あぁ?」


 思わずひるんだ工場長は、手を引っ込めた。

 ガートルードをかばうように腕を広げて、エドウッドが立っている。


亜人族デミヒューマンなんぞかばいやがって!なに考えて────」

「か……彼女は」


 エドウッドは、ボソッとつぶやく。


「あぁ?!」


 イラッとして、工場長はエドウッドをにらみつけた。

 エドウッドは小さく咳払いをすると、軽くネクタイをなおし、背筋を伸ばした。

 そして、今度は周囲にはっきりと聞こえる声で言った。


「……彼女は、私の妻だ」


(ああ、言っちゃった)


 その言葉を聞きながら、ガートルードは思った。


(めんどくさいことになるのに)



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