第3話
「ご機嫌ようマーガレット様」
「今日も来ていただけたのですね」
「はい、会えるのを楽しみにしていましたから」
パーティーに参加してからというものの、私たちは昼になるとこの庭で他愛のない話をするのが日常となっていた。
人を避けるためにここに来るようになったのに、いつの間にか人と会うために来る。そんな変化が生まれたことを私は少し嬉しく思っていた。
(けれど、結局ソフィア様は一体どうするおつもりなのだろうか)
王位を継ぐ。そう言葉にしたソフィア様は本気だったと思う。
しかし、具体的にどんな方法を取るのかは一向に教えてもらっていない。
けれど私としては、もうどう転んでもいいとさえ思い始めていた。
ソフィア様とこうして一緒にいるだけでストレスが発散されていくのもあって、これ以上を望むのは贅沢とも言えたからだ。
自分ではわかっていなかっただけで、私は孤独でいることに寂しさを覚えていたのだろう。
「あら、もうこんな時間ですか」
「本当ですね……学年が違うことが本当に残念です」
たった一年早く生まれただけで同じ教室で学べないというのがなんとも歯痒い。
一度ソフィア様という唯一の癒しを知ってしまったが故に、普段独りで過ごしていた日々が苦痛に思えて仕方がない。
━━ソフィア様以外にも友人を作ってみようかしら。
同学年に対しては出来るだけ完璧に振る舞おうとしてしまうせいで、もしかしたら近寄りがたい印象を抱かれているのかもしれない。
しかし、長年の癖というものはなかなか直せるものではない。ポーカーフェイスは普段から保つようにと幼い頃に躾けられているし、元々気持ちを顔に出すのはあまり得意じゃない。
ソフィア様と別れ、授業に向かうため廊下を歩く。すれ違う生徒の中にはあのパーティーに参加していた人も少なからずいて、挨拶をしてくれることもある。
これだけはあの二人に感謝しなくてはいけないだろう。いや、別に招待されなかったのだから感謝しなくていいか。
教室に入り適当な席に座ると、しばらくしてから先生がやって入ってくる。丸眼鏡が特徴の、歴史を担当している三十代前半の女性教師だ。
私はどの教科よりも歴史が好きだ。どんな出来事にもストーリーがあり繋がりがあり、決して見ることができない過去に想いを馳せることができるから。
それから授業が半分ほど進んでいくと、突如扉が開かれ、不遜な態度を取りながら一人の生徒が入ってくる。
「すまない、諸事情により遅れてしまったよ」
「……コナーさん、これで4回目ですよ」
「もちろん悪いと思っているさ」
悪びれた様子のないコナーは私の顔を見て露骨に嫌そうな顔をすると、私から一番遠い席に座った。そんなに一緒に授業を受けたくないのか。私だって嫌なのだからお互い様だと思って割り切って欲しい。
まったく、いつになったらその子供のような態度は改善するのか。
予定通り王位を継ぐ場合、最悪政治は周囲の人間が手助けしてくれるだろう。だが無能で性格に難ありの、形だけの愚王に心からついて行く者がどれほどいるのか。
事実、彼に寄り添うリリーは権力を目当てにしていることは明らかだ。
━━本当に、このままでいいの?
ふと、そんなことを思った。
今のコナーは自分から成長しようとしていない。それは周囲にいる人間にも原因があるのではないだろうか。
王族だからと遠慮して意見を言えない貴族や平民、愚かさを助長させるように甘い言葉を囁くリリー。ソフィア様も、王位を継ぐと意志を固められた以上、彼女にとってコナーは敵と言っても差し支えない。私も、嫌気がさして彼と話すことは少なくなっていた。
私は彼が嫌いだ。その気持ちに偽りはない。
けれど誰かが彼を叱らなければ、彼は変わらない……変われない。
王になれば権力を利用され、王になれなければリリーは自然と彼から離れるだろう。どちらにせよ、彼の未来は明るいものでないはずだ。
ざまぁみろと、笑ってやることは簡単だと思う。
けれど、生憎私はそこまで性格は悪くない。
無視したいくらい嫌いな相手でも、仮にも婚約者で幼馴染だ。
授業が終わり、私から逃げるように教室から出ようとしたコナーの後を追う。
人目が多いところは出来るだけ避けたい。
私は後ろからコナーの首根っこを引っ張ると、ずるずると引きずって校舎裏まで快く同行願った。
なにやら喚いて暴れているが、こちとら「令嬢たるもの強くあれ」という謎理論を展開した兄によってこれでもかと鍛えられているのだ。舐めんな。
「な、なにをするマーガレット! 不敬だぞ!」
「それは否定しませんが、その前にコナー、あなたの今までの行いを振り返ってはいかがですか? 誰に対してもその不遜な態度、真面目に取り組まない姿勢に挙句の果てには婚約者を差し置いて他の女にご執心。いい身分ですね、流石王子様」
「昔から貴様はそうやってぐちぐちと……!」
あら、意外といいストレス解消になりますね。性格が悪くないというのは撤回する必要がありそうです。
「つまり言いたいことはですね、あなたは大人になりなさいということです。自分自身を顧みて、そしてもっと周りを見なさい。それが出来なければ……」
「で、出来なければなんだ……」
「あなたは一生私の『下』ですね!」
なんて爽快なんでしょう。言ってやったという清々しい気持ちが心の底から湧き上がって、思わず舞い上がってしまいそうになります。
──当初の目的を忘れそうになっているけど、一応焚き付けることには成功したはずだ。 プライドの高いコナーにとって私に見下されることは一番癪に触ることだろうし、これが起爆剤となり成長すればいいのだが……これ以上は私の役目ではない。これからどうするのかは、コナー自身が決めることだ。
私は顔を真っ赤にしたコナーに背を向け、そのまま歩いて行くのだった。
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