第2話 エルフの子
宿を引き払い”ハッピーセット”の拠点へと向かう。
先輩は終始無言でいつものようにこちらを馬鹿にする様なそぶりを全く見せなかった。
我々異種族商会”ハッピーセット”はその名の通り異種族によって運営される商人系の組織である。ちなみにギルドには入っていないのでほとんどが非公認の商談となるが
コネやら裏の依頼を受けることで見逃してもらっているというのが本当のとこらしい。
異種族とあるが僕自身は人間である。村で問題を起こして途方に暮れてたところを拾ってもらった。同じく先輩も人間の様に見えるが風の民という一族の末裔らしい。実際に先輩は風の民の能力である風を自由に操れる力を持っている。魔法的な力ではないので詠唱も魔力などの代償も必要がないそうだ。いつもコートに風を当てて自由気ままに飛び回っている。そんな先輩の商談についていくことが何度かあったが、先輩は人間の街ではその能力を使いたがらない。もっというなら人間以外どんな種族の街でも先輩が風を操っているところを見たことがない。使うとしたら人の目がない場所や夜の時だけだ。その理由は昨晩の男が見せた態度と関係がある。
風の民はいわゆる疫病神的な扱いを受けている。
村を出て様々な本や話を見たり聞いたりしたが、風の民に対する印象というものはお世辞にも良いものとはいえない。
風の民は病気、争い、飢餓、不幸を持って、風と共にやってくる。
歓迎したが最後、全てを混乱に導き破滅させる。
という共通認識が人間だけでなく世界全体の共通認識となっており
その緑色の目を見たものは死ぬとさえ言われている。
ぶっちゃけこれらはほとんど当てにならないと思う。
確かに何かの病気かと疑いたくなるほど体臭が臭いし、暴力大好きだし、
勝手に人のご飯食べるし、そんな人に絡まれるっていうのは不幸以外の何者でもないと思う。けどだからと言って何もしていないのに死体に賞金がかけられたりするのは流石にやりすぎだ。結局、魔法体系が確立されていなかった昔に風の力を操ることのできる人の周りでその力の利益をめぐる戦いでもあったのだろう。新しくカルト宗教の題目になるぐらいだし。
先輩はこのことに対してできる限り触れてほしくなさそうにしている。
であれば何も触れずただ黙っていることが今後も仲良くしていくのに一番良い選択だろう。
街からしばらく飛んだ後適当な場所に着し、王都近くにある墓地を目指す。
大半の村や街は中に墓地があるが王都では城壁の外にある。
戦争によって死んだ名もわからない人が埋められた無縁墓地がたくさん並ぶ中、
真っ直ぐ進んでいくと少しずつ大きく豪華になっていく墓のエリアを通る。
そこも通りすぎ一番奥までいくと王家の墓がある。流石に王家の墓ともあり
今まで見てきた墓の中で一番大きい。花もいくつか飾られており人の往来があることを教えてくれる。王家の墓にたどり着くとそのすぐ横にある石碑の前に行く。
石碑は周りの墓とは風貌が違い様々な紋様や文字が並んでいるが一応名前らしきものも書いてあるのでそれが墓であるということがわかる。
石碑の前にたち手形の紋様に手を合わせる。そして魔力を流しながら呟く。
「われ、ここに誓う。われよからぬことをたくらむ者なり」
石碑が紫の光を放ち横にずれる。そこには棺桶ではなく地下へと続く階段が現れた。
はたから見ると相当おかしな光景なのだが流石に何度も見てきたので、先輩の後に続いて地下へと入る。
地下に入るとゴゴゴと音がなり石碑が下の位置に戻ったことがわかる。
陽の光が完全にシャットアウトされるので中はかなり暗くなるはずだが、入ったと同時に壁に埋め込まれた石が光り階段を照らしてくれる。
先輩は転がるように下におり、そのまま風で自分を浮かしながらどこかへと向かった。飛んでいく先輩の後には脱ぎ捨てられた下着や服が散乱していたのでそれを拾いながら階段をおりきる。階段をおりきると広間に出る。広間には大きなテーブルと椅子があり他の部屋へと続くであろう横穴が掘られていた。
拾った衣類や自分の持っていた荷物を魔法で所定の位置に飛ばしていると
横穴の一つからどすどすと何かがこちらへと近づいている音が聞こえてくる。
横穴の中でも一番大きく作られた道からは段々とその巨体があらわになった。
「ゴゴ」
「ゴーレム今帰ったよ」
2mを超える岩と魔石で作られた巨体が重低音を喋る。
「俺もいるよ!」
その背中から陽気な声も上がる。
ゴーレムの巨体に隠されていたがそこには金髪のもじゃもじゃ頭がいた。
「ただいま。エルドワ」
ゴーレムに気を取られるがエルドワもなかなか奇抜な見た目をしている。
彼は頭と肩と太ももが異常発達というレベルで大きいが他の部位は細く手足に至っては子供の僕より少し大きい程度だ。服装もごつめのズボンにラフな服を着ている。
ゴーレムとエルドワ。彼らは見た目こそへんちくりんだがれっきとした
異種族商会”ハッピーセット”の鍛冶屋である。腕もかなりいい。
そしてどちらも優しい。
ゴーレムはプログラムによるものかもしれないが風貌と違いかなりおとなしい。
エルドワがゴーレムの背中から地面に降りて鼻歌混じりに先ほど採掘をしたであろう鉱石類の検品を始める。鉱石はぱっと見ただの石にしか見えないがエルドワが手にすると青白く輝き出したところから魔石だろう。そういえば昨晩魔石を避雷針にして爆発させてしまったがもったいないことをしてしまったのだろうか。魔石自体使い道が無限にあるし今後国同士の戦いで値段が暴騰するという情報もある。
「エルドワ、ごめんなさい。魔石無駄にしちゃった」
「あーあれ?商談用に持って行ったやつ?別いいよ。目利きのできない冒険者ようで品質も悪めのやつだったし。無駄になったって何したん?どっか落としてきた?」
「爆発させちゃいました」
「ほえー、えらいことしたね。罰金とかつけられたん?」
「いや外で冒険者パーティを吹っ飛ばしちゃったぐらいで他に被害はでませんでした」
「何それ(笑)めっちゃおもろいやん。逆にラッキーでしょ。重たいもん運ばんで良くなったし。ていうかこれ見てよ!めっちゃ品質よくね?やっぱ売りに行くのやめて自分で使っちゃおうかな〜」
「この後出かけるんですか?」
「ドワーフの街に納品しないといけないんよ。向こうはすでに魔石の値段あがっとるらしいしすぐ必要っぽい。でもここまでいいやつだと適当に理由つけて期間伸ばしてもらおうかな〜。ていうかウィズ一緒についてきてくんね?他の用事も頼まれててさあ」
「別にいいですよ。今からですか?」
「いや準備していくから・・・今から二時間後ぐらいかね」
「わかりました。部屋にいるので読んでください」
「おっけー」
話が終わると自分の部屋へと繋がる横穴へと進む。
最初この拠点に連れられた時は少し後悔したが生活をしてみると案外過ごしやすい。
夏だろうと冬だろうと気温と湿度が一定に保たれているしモンスターや盗賊から狙われることもない。魔法による崩落防止対策も行われているので安心して眠ることができる。
奥へと進むと木製のドアが見える。先ほど魔法で飛ばした荷物を持つ前にドアノブに防御魔法の解除を行う。そもそも墓場であり王都に近いこの拠点を襲うものがないとは言えないが万が一のことがるので必ず出る前には防御魔法をかけるようにしている。まあ僕の部屋に侵入してくるのが泥棒さんとは限らないということだ。
隙間風とか。
中に入るとこれまで集めてきたアイテムたちが出迎えてくれる。
この子達を集めるために今まで必死にお仕事の手伝いをしてきたのだ。しかもこれからは手伝いではなくお仕事を任されることになる。つまりはお給金も増えるということだ。新しい仲間と出会えるという期待で胸が膨らむ。
商談用であったアイテムを整理してすすで汚れた服を脱ぐ。
基本的にこういった生活面の仕事は当番制ではなく自分でやることになっているので
少し面倒くさい。それでも一つ一つ自分で選んだものなので愛着があるものだから
丁寧に汚れを落としていく。こういうときに魔法はかなり便利だがあいにくそちら系の魔法習得が遅れているので手作業になる。
頭を無にする作業なのでやっているうちに体の緊張がほぐれ眠気が襲ってくる。
初めての仕事、初めての戦闘、初めての殺人。
思い返すとどっと疲れと眠気が襲い、姿勢を正しているのが困難になってきた。
仕方がないのでこの後の用事の前に仮眠をとる。
贅沢して買った柔らかいベッドに横になると一瞬で夢へと旅立った。
「ウィズ。起きろウィズ」
揺さぶられて目を覚ますとそこにはエルドワが立っていた。
「疲れてんのか?別に無理してついてこなくてもいいんだぞ?」
「いや、行きます行きます。すぐ準備します」
そういって体を起こし目をこすりながら身支度をする。
ドワーフとは何度があったことがあるが街自体にはいったことがない。
しかし彼らドワーフの身なりや話から考えるにドワーフの街には魔道具や魔法武器など高いレベルの工芸品があるはずだ。
少ないけどお金はまだあるし、買えなかったとしても見識を深め次にお迎えする友達と出会うことができるかもしれない。行かない手はない。
身支度を済ませドアに防御魔法をかけた後地上につながる階段へと向かう。
広間に出た時何となく先輩の部屋に繋がる道を見るが物音はしない。
大丈夫だろうか?
エルドワと一緒に地上へと出る。
「じゃあこれ持って」
白い粉末を手渡される。
よくわからず持っているとエルドワがバックから木の枝も取り出し
小さな焚き木を作る。
「みとって。『火に栄光あり。カジバマチ』」
エルドワが呪文を唱えると同時に粉を焚き木に投げつけると火の勢いが上がり
姿が包まれる。火が消えた時にはエルドワの姿は無くなっていた。
移動魔法的なものなのだろうか。
待たせたくないので思考もほどほどにエルドワの真似をする。
「火に栄光あり。カジバマチ」
ボウッと一気に燃え上がり炎に体が包まれた。
昨晩の男たちのように体が焦げ尽くされると思ったが熱さはいつまで経ってもこなかった。恐る恐る目を開けるとエルドワがヒゲのたくさん生えた口角をあげていた。
「もうついたよ。カジに」
「ちょっとびっくりしました。全然熱くないんですね」
「まあドワーフ製の移動粉やけんね。そこら辺は安心よ」
服に火がついていないか念の為確かめながら周りをチラチラと見渡す。
どうやら本当にドワーフの街についたようだ。
大規模な地下空洞に所狭しと建物が並んでいる。どこもすごい活気で湯気が
至る所から出ており、ドワーフたちが酒が入っているであろうジョッキを片手に
大騒ぎをしている。
「じゃあいくか!」
エルドワが歩いていく。横並びになりながら歩くがどうやらここではエルドワはかなり目立つ存在のようだ。そもそも身長が2m近くあるし肌は真っ白で金髪だ。
ドワーフは身長150cmほどが平均のようで僕と同じサイズぐらいだから一緒に歩いていてもエルドワだけ飛び出て見える。ドワーフたちもその光景が珍しいのか大声でこちらを指差しながらドワーフ後で何かを叫んでいる。
歩いていて思ったのは案外人間の生活と変わらないなということだった。
何となくイメージ的に魔法武器や防具が並んでいるように思っていたがそんなことはなかった。置いてあるとしても人間の商店でも見かけるような雑貨だけだ。
逆に明確に違う点としては酒飲みが圧倒的に多いということだろう。
酒場であろう場所から道にまではみ出てお酒を乾杯しあっている。どこもかしこもアルコールの臭いでいっぱいだ。
ドワーフはアルコールに強いとされているがここまで飲んでしまえば結局変わらないのだろう。酒に飲まれた奴が何度も絡んできた。同じくらいの身長で酒を飲んでいるとはいえその筋骨隆々の腕からパンチが飛び出せばただじゃ済まないだろう。身をいつもより縮めながら歩いているとエルドワが盾になるように歩いてくれた。
そんなこんなでやっと店に着いた。看板を見るとドワーフ語の横に王国後でドワーフギルドという文字が書かれていた。建物の大きさもかなり立派なのでここが人間や他の種族との交流する場所なのだろう。
重厚な扉を開けて中へと入る。
中には木製ではなく石材の机や椅子が並べられていた。
そこには先ほどまで見なかったドワーフ以外の種族がちらほらと見える。
そうはいっても大半は人間なのだが。
適当な場所に腰をかけ今回の納品先の相手を呼び出してもらう。
話に多少時間がかかるとのことだったので飲み物を頼むようにエルドワに勧められたが大半がアルコール類であり、僕が飲めるものがなかった。
水があったので水を頼もうかと思ったが人間の店の10倍近いの値段を見てやめた。
なんでアルコールの方が安いんだよ。
しばらくすると先ほど入ってきたドアが開き1人のドワーフが入ってきた。
こちらを見てズンズンと向かってくる。
髪は全体的に茶色でボサボサ、髭も同じで筋骨隆々の男。どれもが典型的なドワーフ像と一致していたが胸につけた意匠の凝ったペンダント胸につけているというところが違っていた。
エルドワのクライアントだろうと思い少し背を伸ばし姿勢を整える。
ドワーフはそのままどすこいと向かいの椅子に座り口を開いた。
「遅かったじゃねえか、斑入り野郎」
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