2-3
奈落自体は広大な土地であるものの、それぞれの店舗間にさほど距離はない。武器屋から五分程度歩くと、次の目的地である雑貨屋が見えてきた。一軒家ほどの面積の小規模な店舗に木板に手書きされた『
総硝子の扉を押し開けると、
毛先が肩に触れない長さに切り揃えられた
「
「いや、二週間前にも逢っただろ」
「そうだっけ?」
こてん、と小首を傾げる仕草は幼い子供のようで、実際に彼女は
いとけなさの残る顔立ちは女性というよりも少女に近く、背丈も
とぼけてみせる店主の少女、もとい
品出しをしていた最中だったらしい
「ていうか、
「あいつは留守番。用があんなら自分で行けって言ったのに嫌だとよ」
「えぇ? なんで? あたしに逢いたくないってこと?」
「知るか、あいつに訊けよ」
断られた張本人に理由を教えろ、と訊かれても無茶な話だ。雑貨屋に用があるのは
——昔は、よく一緒に外で遊んでたのにな。
昔と言えど、奈落に越してくる以前の話だ。陽が暮れるまでふたり並んで外を駆け回って、秘密基地なんかも作ったりして、疲れ果ててすぐ眠りにつく日々を送っていたのに。
なぜ、いつから、外に出ることを拒み始めたのか。店主が易々と店を留守にしてはならないという意思もあるのだろうが、それとはまた別の理由が存在するに違いない。同じ血を分け、同じ時間を隣で生き
——可能性があるとしたら、あれか。
双子にとって忘れ難い、一夜の記憶。三年が経過した今もなお、あの夜に囚われて続けているのだとしたら。
「
「……ああ、まあ」
「なによその煮えきらない返事は。……まあいいわ、逢いたくなったらあたしが勝手に逢いに行けばいいだけだし」
彼女が背を向けている隙に、もう一度こくりと唾を飲み下す。それでもまだ渇いたままなのは単なる水分不足か、あるいは動揺の表れか。
「それで? 今日はなんのご用?」
「新しい本が欲しいんだとよ。なんだったかな……そうだ、語学系だとかなんとか」
「本? あぁ、
事務的な口調から一転、
彼女は良く言えば裏表がなく、悪く言えば起伏が激しい。喜怒哀楽が忙しなく移り変わるさまは、なんの前触れもなく晴天を覆い尽くして短時間に強烈な雨を降らせる驟雨のようだ。
積み上げた木箱を下ろしてはがさごそと中身を漁り、蓋を閉じてはまた下ろしを何度か繰り返すこと一分少々。こちらに背を向けているから、肉体労働をしてまで必死になにを探しているのかは
「……あった! これとかいいんじゃない? 楽園の公用語と外来語との関係性とか!」
「あぁ、いいんじゃないか。知らねぇけど」
「あーあー、これだから知識に興味のない奴は
「別にいいだろ、ほっとけよ」
興味がないのだろうと言われてしまえばそれまでだけれど、
一方で、
苦々しく眉をひそめる
「あとこれと、これもあげる。きっと
「わざわざどうも。代金はいつも同じでいいか?」
「うん。毎度あり〜」
懐から取り出した、金貨十枚を入れた巾着袋をカウンターに置き、代わりに宝物をしまうような手つきで麻袋にしまわれた書籍を受け取った。両腕で抱えた麻袋はずっしりと重く、下手に口を締める紐を持つと千切れてしまいそうだ。
彼女が金貨が入った巾着袋を引き出しにしまう、ちゃりん、という小さな音が耳朶に触れる。それから、ふと思い出したというふうに口火が切られた。
「そういえば
「あの噂?」
「
彼女の声で紡がれた単語は初めて耳にするものだった。即座に意味を推測できずに硬直していると、その様子だと知らないみたいね、と呟いて
「まあ、あたしも
「切断? なにが目的で?」
「さあね、動機はわからないわ。……わかりたくもない。死体だとはいえ人の体を弄ぶなんて、クズみたいなこと」
死体を切断するということは、犯人は切り落とした部位を持ち帰っているのだろう。奈落では人間の命が金銭に等しいとはいえ、価値が付されているのはあくまで
明確な動機があるようにも思えないが、動機がなければ異常な性的倒錯の持ち主としか言いようがない。どちらにせよ、その猟奇的な行為に理解を示すことはできない。
途切れた会話を繋ぐように、
「
「いや、その話は初めて知った。切断されてる死体も見たことないな」
「そっか。なら、気をつけたほうがいいわ。いつ
「一応頭んなかには入れとく。まあ、標的が死体だけなら襲われないような気もするけどな」
「ちょっと、そうやって余裕ぶっこいといてあっさり殺されたりなんかしたら許さないんだからね」
「なんでお前が許さねぇんだよ」
「なんでって……」
持ち上げられた
「
だから、絶対死なないでよ。そう言い添えたきり彼女は唇を引き結んで、再び顔を俯けた。対する
自分を除く全員が敵と言っても過言ではないこの奈落で、殺し殺されることが全ての絶望の底で、それでも彼女は死んでくれるなと告げる。それがどれだけの困難を極めているのか、おそらく本人も理解しているうえで、祈りを紡ぐ。
幼くして孤独を知ってしまった悲痛がそう願わせてしまうのだろう、と
だからこそ、家族と同等の存在である
差し向けられた思いの
「わっ! ちょっと、なにすんのよ急に……」
「そんな心配されなくても、俺はそう簡単に死なねぇよ。何年ここで生き延びてると思ってんだ」
「で、でも……」
「つーか、俺よりも弱い奴に心配されてもな。まずは
「弱っちくて悪かったわね! なによもう、心配して損した!」
「そうやって騒がしくしてろ。お前が静かだと調子が狂う」
「あーもう、うるさいうるさい! 用事は済んだんでしょ、
「言われなくても帰るっての。じゃあな、今度はお前が来いよ」
「気が向いたらね! お買い上げありがとうございましたっ!」
憤りながらも退店の挨拶を欠かさない店主らしい振る舞いと、そのちぐはぐさに
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