2-2
「あ、そうだ
『散歩』の先で奈落に堕とされたばかりの男に出逢った翌日。来客がひとりも来ない閑散とした換金屋で読書に興じていた
「もし次雑貨屋に行く機会があったら、新しい本を買ってきてくれないかな?」
「本? お前、二週間ぐらい前にも買ってなかったか?」
「そうだけど、暇だからすぐに読み終わっちゃうんだよ。別に急ぎじゃないから、ね?」
「あー……まあ、俺が覚えてられたらな」
「大丈夫、
ひと口大に千切って口に放り込んだパンを咀嚼しつつ、
お願いと言ってはいるものの、その実、否と言わせる気が
この血の繋がった兄には、頭の良さゆえの狡猾さがあるのだ。
ごくりとパンを飲み下してから、彼にも聞こえるようにわざとらしく嘆息する。
「わかったよ。いつもどおりジャンルはなんでもいいんだろ?」
「あ、できれば語学系の本がいいな」
「は? 語学?」
「そう、語学。ちょっと勉強したいことがあってね」
「いやわかんねぇよ、そういう小難しいのは。俺が店番してやるから自分で行ってこいよ」
俺には無理、と首を横に振る動作に合わせて、後頭部の真ん中あたりで結えた長髪がばさばさと揺れる。
勉学に興味を示す
だから
「僕は店から離れられないって、
「いや、そりゃ訊くけどよ……あいつ、たまになに言ってるかわかんねぇ時あるから嫌なんだよな……」
脳裏に旧知の友人の顔を思い浮かべながら唸っていると、突如、ぎぃと
ドアをくぐり抜けて姿を見せたのは、オリーブ色のつなぎ服を着た男性だった。毛先が揃っていないアッシュブロンドの髪も露出している肌も、纏う衣服も砂埃で薄茶に汚れている。盛大に転んだか、あるいはなにかの作業をしていたかのような風貌。やや幼さの残る童顔のせいで若く見えるけれど、確か年齢は二十代後半だった気がする。
男性は眠たげな二重瞼の瞳で店内を見回している。来客の有無を確認しているような仕草だ。
「こんにちは、
「うん、久しぶり。
「……誰だ?」
「あ、昨日の人じゃない?」
「そう、その人」
緩慢に前進しながら、
あのおっさんそんな名前だったのか、と
「彼、ちゃんと奈落でやっていけそうでした?」
「うん、大丈夫そう。さすがに銃口を向けられた時は、どうしようかと思ったけど」
「は? あのおっさんに銃向けられたのか?」
「大丈夫だよ、撃たれてないから。今ここできみを撃ったらどうする? って訊かれただけ」
「それで、
「その引き金を引くよりも先に僕はあなたを殺せますけど、それでもいいならどうぞ、って」
「「うわぁ……」」
どちらともなくこぼれた双子の声が重なる。白けるというよりも、同情や憐憫に近い。
「さすが、長年武器屋の店主をしてる奴は血の気が多いな」
「それ、
「俺だって無差別殺人なんかしちゃいねぇっての」
不名誉な
容姿こそ武器屋の店主と名乗るにふさわしいものの、
人体の急所も
しかし、それはそれとして。別に
——人のこと殺人鬼みたいに言いやがって。
心のなかだけで悪態をついて睨めつけるも、向けられている本人は全く気づいていない。それどころか、なにかを思い出したように、拳を作った右手を左の手のひらに打ちつけるという気の抜けた仕草を見せつけられてしまった。
「そうだ。ついでに、ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「うちの店に物資が大量に届いたから、搬入を手伝ってほしくて」
楽園からの物資が貨幣と追放者名簿の追加
いかな鍛えられた肉体を持つ
彼の依頼を聞いた
「ああ、ならちょうどよかったね、
「なにが?」
「僕からのお遣い、ついでに行ってくれるよね?」
眼前を
渋々首を前に傾けると、ふたりの嬉しそうな声が上がった。次いで近況報告を始めたのを
とはいえ、『散歩』以外の外出で持参すべき物はさほど多くない。最低限の貨幣と、自らの命を守るに足りる武器さえあればいいのだから。
黒のワイシャツの上に、生地の薄い羽織を重ねる。普段着のままではスラックスのポケットしか武器をしまう場所がなく、それを補うための衣服。両腕を広げると後ろから見たシルエットが黒い蝶のようだと、以前
ピスポケットに
「いってらっしゃい、気をつけてね」
カウンターを挟んだ向こう側で呑気に手を振って見送る兄に、ドアが閉まる直前でべっと舌を出してせめてもの反抗をした。
「……そういや、店は無人にして大丈夫なのか?」
武器屋へと向かう道すがら、
「うん。盗まれて困るような物は置いてないし、きみ達のところみたいに定期的に上の人間が来るわけでもないから」
そういうもんか、と相槌を打つよりも早く、彼が言葉の端を繋いだ。
「それと、一応警備は設置してるから。……帰ったら死体が転がってるかもね」
そう言って微笑む彼は、年齢にそぐわぬ余裕に満ちあふれているようにも、幼い子供の無邪気さを湛えているようにも見える。
決して、殺しを是としているつもりも、無様に息絶えた強盗を
——平和主義者のくせに、死体の有無を話題にして笑うのかよ。
ぞくりと背筋を這い上がった怖気に、
「……笑えねぇ冗談だなぁ、おい」
約十数個の段ボール全ての搬入を終え、
店の奥からボトル飲料を携えて戻ってきた
「手伝ってくれてありがとう。なにか欲しい武器があれば格安にしてあげるね」
「そこは
「残念。こっちも商売だから」
「現金な奴」
軽口を叩くと、彼は道中に見せたものと同じ微笑みを唇に乗せた。
水を半分ほど飲んだ頃にそろそろ出発することを告げると、わざわざ軒先まで出てきた
「道中気をつけて。
「ああ」
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