第13話 写真

お題 ①ケーキ ②写真家 ③赤いネルシャツ


俺の副業は写真家だ。自分で好きなものを撮ってコンテストに出していた時期もあったが、今は依頼を受けてのポートレートがメインだ。が、最近はあまり依頼が入ってこない。

副業なので、もちろん本業のサラリーマンの仕事だけでも充分な収入は得ているのだが……。でも、学生時代の写真部から続けている写真撮影も、もう習慣のようなもので。無くなると、それはそれで寂しいのだ。


はあ、と溜息が出た。肌寒くなってきた秋。ガラス張りのビルに反射した自分の姿は、赤いネルシャツと、少しダボっとしたジーンズ。肩からは大きな一眼レフカメラが入った黒い鞄。何だか一昔前のヲタクの恰好みたいだなあ、と思った。中年のオヤジが着ているから、余計そんなふうに見えた。冴えないオヤジ。もう少し若くて、スラっとした高身長だったらなあ。なんて、また小さな溜息が漏れた。


少し歩いていると、どこからか甘い香りがした。

……路地裏から?

気になってキョロキョロと見回す。大通りから逸れ、勘で匂いを辿ってゆく。

と、小さな喫茶店に辿り着いた。路地にひっそりと佇む小さなお店。菓子を焼くような優しい甘い香りが漂っていた。玄関先には植木鉢と並んで、小さな立て看板が置かれている。ケーキセットの文字。

「入ってみるか」

俺は少し重い扉をゆっくりと開いた。

「いらっしゃいませ」と声がした。若い女性が席に案内してくれる。椅子に座ると目の前が窓で、外の様子が見えるという具合だ。

私はメニューも開かずに、その場でケーキセットを頼んだ。店員の女性は「かしこまりました」と軽く一礼して戻っていった。

5分ほどでケーキの皿とコーヒーが運ばれてきた。ケーキは5センチ角くらいの正方形に斬られていて、ショートケーキとベイクドチョコレートケーキのようだった。ショートケーキはシンプルな感じ。チョコレートケーキのほうは粉砂糖が振りかけてあって、小さなミントの葉が乗っていた。

「綺麗だな」

俺は店員に許可をもらい、カメラでケーキの写真を撮らせてもらうことにした。

幸い窓辺のこのエリアには客はいなかったが、別のテーブル席なんかには、ぽつぽつと客がいたので、さっと終わらせる。

数枚撮り終え、コーヒーのカップに口をつけた。浅炒りの豆なのか、フルーティーでさっぱりとしていた。ショートケーキも甘さ控えめ。チョコレートケーキのほうは濃厚な味だった。俺は、久しぶりにゆったりと、美味しいケーキを食べたなあと思った。


会計のとき、写真撮影の許可をくれた店員だったので、改めてお礼を言った。

「またいらしてください!」と明るい声で見送られる。俺は振り返らなかったが、軽く手を上げた。

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