1-1
「すみませんでした」
先程まで大見得を切っていたとは思えない程小さくなって正座をしている。
「キャロンよ、慈善活動はいい事だが、もう少し周りの事を考えて行動しろと言っているだろうが」
私の事を説教している長い白髪を後ろで縛った不健康そうな男はルカ、実質的な上司でお得意様だ、なぜそんな人にお説教をされているかというと、
「修理できるとはいえ、建屋三つ分の壁をぶち抜きやがって」
勢い余って色々壊してしまったお説教をされている、正直茶飯事なのでどう言い訳した物か悩んでいる。
「今回はひったくり犯の捕縛とそいつらの所属していた窃盗グループの壊滅による報奨で相殺とするが本来なら『下』に連れていかないと駄目な事案だぞ、次からは……これ毎回言っている気もするが、次からは気をつけろよ」
「はーい、反省してマース」
「わかっているのかね」
「細かいことばっかり気にしてると禿げますよ、もうこんなに白くなってしまって……」
「地毛って訳じゃないが元々だ、説教が足りんようだな」
「もう勘弁です、ごめんなさい」
「今後も庇ってやれるとは限らんぞ」
「わかってますよ、でも基本は助けてくれてますよね、感謝してます」
「これからも助けて欲しけりゃ価値を示せ、ほらよ」
いつもの感謝を伝えてるとバツの悪そうな顔をして顔を逸らして封筒を投げ渡して来た。多分褒められ慣れていないのだろう。
「もちろんタダで助けたりはしない、格安で仕事してくれ」
「これは?」
石翼商会と書かれた少し豪華な封筒を大事に受け取った、石翼商会と言えば残骸国でも一番有名な商会だ、物理的に閉鎖的なお国柄だが物に不自由しないのはこの商会のおかげだ。
「知ってるだろ、そこが次の依頼主だ」
「その人脈はどこから……」
「さあな、ネズミが知ってるだろうさ」
ネズミが知っている、この国でよく使われることわざのようなもの、意味合いとしては自分は言わないが誰かが知っている、みたいな感じだったと思う。
「答える気が無さそうですね」
「詳しい内容は依頼主に聞けばいいさ、別枠で報酬も出る、上手くいけばお得意様になってくれるかもな」
答える気がなさそうなルカを睨みつつ封筒を覗く。
「これを届けるんですね」
「ああ、一応話は通してあるが、手荒な輩も多いからな、気をつけろ」
「えぇ……そんなところに行くんですか……」
「上層だからな、外から来る奴らもいる場所だ、自然と治安は悪くなるさ」
どこも治安が悪いだろうという言葉は言わないようにする。
「うへぇ……気をつけよ」
「そうしてくれ、じゃあ俺はおめぇさんのやらかした事の後始末をしないといけないんでな、あとは現地で聞いてくれ、上層の『不空知』って酒場が集合場所になってる、店主に俺の名前を出せば取り次いでくれる」
知らない店だ、元より拠点は中層から下層なので上層はあまり詳しくない、たまに買い物に行くくらいの地理感覚だ。
「了解です、じゃあいってきます」
「おう」
短い返事を聞き、部屋から出る。
『ふあぁ、終わった?』
「ミーレス、やっぱり寝てたんだ」
何も言わず黙っていた相棒を小突く。
『あの白髪、話が長くて嫌いだ』
「そう言わないでよ、私達のことは考えてくれてるんだし」
『あの男は私達を利用しようとしてる、だから好かん』
「それはお互い様でしょ、あの人がいるから私達は活動しやすいんだから」
『わかってる、だが、私達を裏切ったと判断したら、迷わず斬るぞ』
「うん、でも今回はすごい仕事だよ」
彼は持っている、私達が持っていないものを、だから助けを請い、彼を助ける、そういう契約だ、それに彼を斬れるイメージが浮かばない、今の自分達では返り討ちだろうし勝負にすらなるかどうか…………
『それでもいけ好かん、なんて言うか……』
「理屈っぽいよねぇ」
『そうそう、そんな感じって、うわぁだれぇ!』
「アリスさん、お邪魔してます」
「キャロンいらっしゃーい、ルカがお世話になってまーす」
「いえいえ、こちらこそ」
まるで人形が御伽噺から飛び出したような雰囲気を持つ少女が真後ろから声をかけてきた、彼女はアリス、先程まで説教を食らっていたルカの主で、今いる館の主である。
「ルカは信用した人の扱いは雑だから、許してあげて」
「信用されてますかねぇ……」
きっちり一時間くらいお説教をしていた彼の顔を思い出す、信用されているとは思えないような形相だった。
「信用してないとお説教もしてこないよ、信用してない人が何かしでかしても何も言わずに処理するくらいだし、ああやってお説教する方が珍しいくらいだよ」
「それはそれで嫌だな」
「気持ちはわかるよ、今回は上層に行くの?」
「はい、石翼商会にお仕事らしいです」
「ヒヨクの所に行くんだね」
「知り合いですか?」
考えるジェスチャー、見た目も相まって可愛く感じる。
「うーん、知り合いというか、商売相手というか、ルカの敵?」
「聞かれましても……」
出てきた答えはある程度不穏、あの人の敵ってなると大変な仕事になりそうで、今から嫌な気持ちになった。
「悪い人じゃないよ、ルカとすごく仲が悪いだけで」
「珍しいですね、あの人は嫌いとか思わないタイプだと思ってました」
「そうだねぇ、私が知っている範囲では七人くらいいるかな」
「結構いた、それもお知り合いですか?」
「私とはお友達だよ、そのうち会えると思う」
「会わない事を願ってますよ」
「無理かなぁ…皆この国では有名な人達だから、貴女達の目的の為なら避けては通れないだろうしねぇ」
「そうですかぁ……」
諦めるしかなさそうだ。
『おい、キャロン』
世話話に花を咲かせていると相棒に声をかけられた、そろそろ行こうという事だろう。
「わかったよ、ミーレス、アリスさん、そろそろ行きますね」
「うん、またおいで、次は遊びにね」
「仕事が終わったらおじゃまします、お土産も持ってね」
「楽しみに待ってるよ、ヒヨクにもよろしくね」
「はい、行ってきます」
屋敷の主直々に屋敷の外まで見送られてしまった。
『毎度のことだが、あの屋敷は少し不気味だな』
「そうだね、中層の屋敷なのにルカさん以外に使用人が一人もいない」
残骸国の中層は『貴族層』と呼ばれ、文字通り貴族達が人口の殆どを占めている、私達が拠点にしているのは中層だが上層の方が近いくらいの庶民層だ。
この国では身分や人種は不問で差別はあまりない、だが外からきた人々は別だ、そういう文化が根付いている、貴族層は外からきた貴族や残骸国にて成功した人々が集まって形成されたのが始まりらしい、らしいというのはこれもルカから教わった受け売りだからだ。
他の屋敷には使用人が複数いる事が多く、それが貴族達のステータスのようになっている、だからこそ、底知れない何かを持っているだろう彼女の屋敷に使用人が彼一人というのが酷く不気味に見えた。
『あの男が使用人という位置に居るのも不気味で仕方ない』
「考えても仕方ないよ、今は敵じゃないってだけで充分じゃないかな」
楽観視は出来ないが、どっちにしろ彼等が敵になれば私達は潰されて終わりだろう、だから今考えても仕方がない。
「お腹も減ってきたし、『不空知』に行ってみようかな、酒場らしいしご飯も食べれるでしょ、麺類が食べたい」
『久しぶりの上層だし、買い物もしよう、そろそろ手入れ道具も新調してくれよ』
「終わったらねぇ、なんせ相手は石翼商会だから、報酬もいっぱい出るだろうしね!」
彼女等は知らない、今から会う人物が、恐ろしい男である事を、実力主義である上層の覇者が優しい商人である筈がないのだ。
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