第34話 チート(ズル)


 と言う訳で、次にフェルの話をまとめていく。

 彼女が元々住んでいた国では、獣人や亜人は立場が非常に低かったそうだ。

 まるで奴隷の様に扱われ、人族に隷属する生活を続けていたらしい。

 そんな中、彼女は幼い頃から度々夢に見る光景があったという。

 戦争に巻き込まれ、他国に敗北する彼女の国。

 他所の国に囚われた彼女達だったが、一人の男が手を差し伸べたそうだ。


「もう大丈夫だ、よく頑張ったな」


 その一言と共に囚われた獣人亜人で部隊を作り、再び戦場に立ったそうな。

 この夢を“神様からのお告げ”の様に感じていた彼女は、現在の環境に耐えきれなくなったその時に自国を飛び出した。

 自らを助けてくれた男が居るであろう国に向かって。

 そして以前のゴブリンの巣掃討作戦の時、彼女は生き残る為に魔力を使い果たし魔力切れを起こした。

 コレをきっかけに、徐々に“未来の記憶”が戻り始めたんだとか。


「以前、というか未来でフェル達に手を差し伸べた男が……俺だと」


「はい、指揮官様です! 未だ記憶はボヤけたり曖昧だったりしますが、匂いと雰囲気は覚えています!」


 だ、そうで。

 更に詳しい事情を聴いてみれば、フェルの記憶には“駒”の存在が居ない。

 つまりどういう事だ?

 戦争が起こり、俺は部隊全員を失いながらも“戻らなかった”。

 新たなる手札として、彼女達を懐に入れた?

 だが、何故?

 今の所俺の目的としては、“駒”を一人も失う事無く戦いを乗り切る事。

 以前の俺には、また別の目的があったという事か?

 全て想像の域を出ないし、コレばかりはソーナにも記憶が残っていない。

 俺の記憶が戻ってくれれば、一番早い解決方法に繋がるのだが……。


「“分配”のスキルを乱用すると、駒使いの記憶も多少曖昧になる。とは聞いた事がありますが……妙ですね。“演習”では記憶が失われる事はなかったと言っていました。だとすると、他の要因で駒使いの記憶が失われたと考えるべきでしょう。私達でさえ断片的ながら、短い記憶はしっかりと覚えています。だと言うのに全てが失われたとなると……駒使い、何か心当たりはありますか?」


「そう言われても……俺が一番覚えていない訳だしなぁ」


 う~むと首を捻りながら呻き声を洩らしていれば。

 会話にあまり参加できていなかったフェルが何やら焦った表情を浮かべ始め、俺達の顔を見回してから慌てて声を上げた。


「えっと、えっと! 私達をまとめてくれていた指揮官様は、敵国の誰かを手に入れる事が目的だったとか! あの、名前は……えぇと、確か“アール”?」


「アール? 聞いた事がありませんね……」


 二人が首を傾げる中、俺だけはその名前を聞いて息を呑んでしまった。

 何故だ? そんな名前、聞いた事が無かった筈なのに。

 考えて居る間にも息は苦しくなり、いつだったかの過去が蘇って来る。


『なぁ、アンタ。なんかズルしてるだろ? それに日本人だ』


 少年はそう言いながら、俺に刃物を突き立てて来た。

 やけに毒々しい色の、ねじ曲がった様な剣。

 俺の胸に突き刺さった剣をグリグリと捻じりながら、彼は楽しそうに笑っていた。


『俺にもくれよ、半分くらい良いだろ? そしたら、俺のも半分やるよ。他の奴が持ってない力を持ってると、皆からズルいって言われるんだよ。だから他の誰かが俺達の事をズルい人間だって罵っても、俺とアンタならズルい同士だろ? 似た者同士仲良くやろうぜ。俺の半分もやるから、持って行けよ。それが、アンタには“出来る”んだろう?』


 狂気に染まった様子で笑う彼に対して、俺は“分配”を行使した。

 なぜそうしたのか、そうするしかなかったのかは分からないが。

 それでも俺は彼と、“アール”という少年ともスキルによって繋がった事は確かに思いだした。

 更に、彼の能力は……。


「ぶはっ! はぁっ! はぁっ!」


 胸を押さえながら、床に転がってみれば。


「駒使い!?」


「指揮官様!」


 二人に寄り添われながら、記憶が戻って来る。

 息が苦しい、吐きそうだ。

 これはそれ程に酷い記憶。

 忘れたくとも忘れられない。

 たとえ誰かと記憶を分け与えようにも、これだけは渡しちゃいけないと思える強烈な死の瞬間。

 俺が初めて、誰かから何かを奪う為に“分配”を使った瞬間。

 そんな物が、次から次へと瞳の中に蘇って来る。

 先程は俺に刃物を突き立てていた彼が、牢獄で鎖に繋がれている光景が瞳に映り。


『駄目なんだよ、俺は。要は失敗作? この世界が生んだバグみたいなもんだってさ。だからだぁれも俺を普通に接しちゃくれねぇって思っていたんだけどさぁ……居るじゃん、俺を弱体化出来る人が』


『そこまで信頼を寄せられる程、俺は強い存在ではない。恐らく何十分の一、下手したら何百分の一。その程度が、俺に移るだけだ。更に君と言う強すぎる不確定要素を取り入れる事で、俺という存在も徐々に壊れ始めるだろう。だから、君を救えるとは断言しない』


『別に良いよ。だったら何十回でも何百回でも繰り返して、俺を助けてよ、先生』


『先生?』


『なんか、雰囲気がそれっぽいっていうかさ。“似てる”んだよ。ま、そんな事より。こんな風に、俺に普通に話しかけてくれた人初めてだからさ。どうにか頼めないかな? 俺、“こっち側”に来てから全然外に出てないんだ。こっちの旨い物も知らないし、他人なんて鎧着た人しか見てない。異世界だって言われても、全然納得出来ねぇっていうかさ』


『……外に出たいか?』


『出たい、出たいよ。色んなモノ見たいし、色んなモノ食いたい。“向こう側”でも、さっき話したみたいにろくな人生じゃなかったから。今度はって思ってたのに……先生が来なかったら、今日にでも無理矢理飛び出そうかと思ってたもん』


『これだけ急いで、ギリギリか……』


『先生、頼むよ。俺を連れ出してくれるなら、何でも言う事聞く。先生がやれって言った仕事は何でもやるし、誰かを殺せって言われたら俺が殺す。だからさ……助けてくれない?』


 今にも泣きそうな表情で笑う彼の顔を、今この瞬間思いだした。

 何故彼の下へたどり着く結果になったのか、何故彼を助けようとしたのか。

 この結末に至るまでの道のりは未だ思い出せないが。

 だがしかし、俺のこの時の目的はどうやら……他国から彼を奪う事だったらしい。

 コレが“駒”の皆が全滅しても、戻らなかった理由?

 何故? 彼は“向こう側”の知り合いという訳でも無さそうだ。

 だというのに、どうして彼を救う事にそこまで注力した? 何か理由があるのか?

 例えば……彼を救わないと、“駒”の全滅を防げない……とか?

 だとしたら俺は、何度繰り返した?

 彼に会った記憶は戻って来たが、ソレは数えきれない程の回数な気がする。

 皆を救う為に彼を救う。

 その為に何度俺は、駒を全滅に陥れた?

 もう訳が分からなくなり、思わず意識を手放しそうになったその時。


『逃げるな、向き合え』


 フードを深く被った男の幻影が、再び現れた気がした。

 いったい何と向き合えと言うのか、俺が何から逃げていると言うのか。

 思わず奥歯を噛みしめながらソイツに向かって手を伸ばし、意識が朦朧とし始めた瞬間。


『スキル、“魔力操作”を発動しますか?』


 そんな文字が、視界の端に映った気がした。

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