第35話 向かう先に


「旦那、また倒れたんだって? 本当に大丈夫かよ? 働き過ぎじゃないか?」


「問題ないよ、アイガス。今は仕事に集中させてくれ」


 馬車の中でそんな声を返してみれば、相手からは非常に呆れた瞳が向けられてしまった。

 あの会議の最中、結局俺はまた意識を失った。

 また“アイツ”の姿が見えた事が原因なのか、それとも新しいスキルが使えると判明した事が原因なのか。

 コレばかりは分からないが……ソーナとフェルには大層心配させてしまったらしい。

 その様子は今までのソーナからは想像出来ないモノだったとの事で、“駒”の皆からも俺が目覚めた後は奇異の目を向けられてしまう程。


「大将、その……もしかしてヤッたのか?」


 ケイはそんな事を言い始めるし。

 煩い馬鹿者、ヤッてない。


「駒使いさんはとても良い人だと理解しているのですが……その、お相手は一人に絞った方がよろしいかと思います。外聞的にも、信頼的にも……えっと」


 ロナからはそんな注意を受けてしまい、気まずそうに視線を逸らされてしまった。

 出来れば待って欲しい、俺は無実だ。

 一人に絞るどころか、今の俺には相手が一人も居ない筈だ。


「駒使い、別の刺激が欲しい時は……協力する」


 キリは何を言っているのだろうか。

 親指を立てられたが、出来れば詳細も説明して欲しかった。


「駒使いさんには、此方を処方しておきますねぇ。えぇそりゃもう、ケースごと」


「これは間違ってしまった時に飲む薬、こっちはそもそも予防する装備。しっかりして下さいね?」


 医療班の二人からは、何やら怪しげな薬と箱を預かってしまった。

 装備に関しては封を開けたらすぐに使ってくださいね? とか言っていたが、一体何を渡した貴様ら。

 まぁ何というか、それくらいに親し気な仲に見えてしまったらしい。

 それはもう、今でもべったりと両隣に二人が座っているくらいには。


「旦那、それで仕事が出来るんですかい?」


「極限まで集中力を高めれば、周りなど気にならない……はず」


「大したもんですわ。旦那は根っからの仕事人間ですね」


 アイガスから再び呆れた視線と共に、大きなため息を溢されてしまうが。

 俺は構わず依頼の追加詳細を眺め、ページをめくる……が。


「駒使い。先程のページ、敵の情報の割に地域への被害が大きい様に見えました。警戒すべきです」


 右腕にくっ付いたソーナがそんな声を上げ、柔らかい何かを押し当てて来る。

 本人は無自覚らしく、真剣な眼差しを向けている所が非常に悪質だ。


「指揮官様、ちょっとだけ眠っても良いですか……? こうも緩やかな振動が続くと、どうしても……」


 瞼を擦るフェルが、柔らかい何かどころか身体全体を押し当てながらぐてっと体重を預けて来る。

 そしてそのまま静かな寝息が聞こえて来る程。

 なんでもぶっ倒れた俺の補佐というか、いざという時にすぐ対処出来る様にとの事だったが。

 これはちょっと違うんじゃないだろうか?

 思わずそんな事を思いながら、眉を顰めてしまう訳だが。


「ちなみに当初の記憶だと私は皆の指揮、統括などは行っておりませんでした」


 小声でボソッとソーナがそんな事を呟いた。

 はて、何の事だろう? なんて思ってそちらに視線を向けてみれば。


「多分私の管理能力、指揮能力は駒使いの傍にずっと居た事が原因です。フェルが夢で貴方の事を見ていた様に、思いだしていない状態でも私の行動に影響を及ぼしているという事です」


「あ、はい。そうか、そうなのか……なんか、スマン」


 良く分からないが、とりあえず頭を下げてみた。

 俺の記憶に残っている彼女は、“駒”の部隊で最初から指揮を取る立場にあった。

 それこそ“駒使い”に代わり、皆を生かす為に。

 だから、ソーナにはそういうイメージが定着していたのだが。


「私だって、最初は中途半端な魔術師として前線に立っていた訳です。こういう立場になった、というより。こういう性格になったのは駒使いの責任だとも言える訳です」


 なんだか話が良くない方向にシフトし始めた気がする。

 助けを求めて反対側に視線を向けてみれば眠りこけているし、正面に向き直ってみれば即視線を逸らされてしまった。

 我、背水の陣なり。


「責任、取って下さいね?」


 やけに甘ったるい言葉が、耳元から響き渡った。

 俺の人生で、まさかこのセリフを聞く時が来るとは思わなかった。

 彼女の方へと向き直れば、えらく緩んだ微笑みを溢しながら狐の耳が機嫌良さそうに揺れている。

 おかしいな、ソーナってこういうキャラだっけ?

 思わず唸ってしまいそうなその光景に、ふむ……と首を傾げてみれば。


「旦那、そういうのは他所でやれよ……」


 ごもっともな意見を、アイガスから頂いてしまったのであった。


 ※※※


「出ろ」


 その一言共に、眼の前の牢が開かれた。

 あぁ、やっと外に出られる。

 ずっとこんな狭い部屋の中に押し込められていたら、気が狂いそうだったんだ。

 それこそ全部壊して、全部殺してでも走り出してしまいそうだった。


「仕事だ、武器を持て」


 そう言って渡されるのは、捻じれたような見た目のおかしな長剣。

 あぁ、懐かしいな。

 思わず、そんな事を思ってしまった。

 何故だかは分からない、分からないが……。


「なぁ、戦場に“先生”は居るのかよ?」


「はぁ? 何を言ってる、早く行け」


「ヘーヘー」


 兵士の言葉に従いながら、初めて“外の世界”に足を向けるのであった。

 何でだろう? 初めてなのに、初めてな気がしない。

 前はこんなに早かったか? 前? 前って何だよ。

 自問自答を繰り返しながら建物の外へ出た瞬間。


「あぁ、空が広い、青い。これで先生が来てくれて、旨いモンでも一緒に食えたら最高なのになぁ……」


 ニタッと、自分でも分かる程汚い笑みを浮かべながら俺は笑った。


「早く進め、“アール”。おかしな真似はするなよ? お前には奴隷の首輪が付いている事を忘れるな。命令違反をすれば、ソレが貴様を殺すぞ」


「わぁってるよ……いちいち急かすんじゃねぇ」


 やけに鬱陶しい兵士に舌打ちを溢しながら、脚を進めた。

 今この場でコイツ等を殺してしまった方が早い気がするが……それでは駄目だ。

 先生に会えなくなる可能性がある。

 いや、さっきから自分で思っているが、先生って誰だ?

 グルグルと回る思考を抱きながら、ただ促されるまま足を進めていく。

 俺が向かう先、そんなもん決まってる。

 戦場だ戦場。

 化物だ何だと言われ続けた俺が使われる場所、先生が俺を見つけてくれる場所。

 だから、素直に従った。

 あぁ、早く。

 早く会いたい、話がしたい。

 彼だけが、俺の話を聞いてくれる。

 彼だけが、俺に希望を見せてくれる。

 だから。


「“今回”は、上手く行きそうだよ先生。ちゃんと出来たら、俺も“そっち”に連れて行ってくれるって、約束したもんな?」


 その言葉を、空に向けて放った。

 同じ空の下に居るであろう、恩師に向けて。

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