第32話 新しい隊員
ソーナの変わり様に驚きながらも、彼女の知っている事を聞く事になった訳だが。
なんと、最初から躓いてしまった。
「ではまず、貴方のスキルと私が以前の記憶を持っている理由。そしてこれだけは話しておかないと、“記憶の共有者”である私が思い出すトリガー。“次”があった場合貴方が困りますので」
非常に重要な話を、これから聴く事になる。
そう覚悟していたその時。
「いたっ! 指揮官様!」
ズバンッと扉が開き、前回王宮から連れ帰って来た女の子が物凄い勢いでこちらに飛びこんで来た。
声を返す間もなく、俺の腹に突進して来た少女。
思わず「うぐっ!?」と鈍い声が上がってしまう程の衝撃だったが……何とか耐えられた。
女の子に突進されて吹っ飛ぶ指揮官では、示しがつかないので。
ふぅ、と息を吐いてからやけに懐いた様子を見せる彼女を見下ろしていれば。
「駒使い、説明を頂けますか?」
隣から非常にピリピリとした気配が放たれている上に、いつも以上に低い声が響いて来たんだが。
ギギギッと音がしそうな程鈍い動きで首を動かしてみれば、すぐ近くに座ったソーナがとても冷たい瞳を此方に向けていた。
勘弁してくれ。
未だ俺でさえ事態を把握出来ていない上、現状ソーナから睨まれる様な関係を持っている訳ではないのだ。
なんて、彼女からしたら言い訳に過ぎないのだろうが。
「えぇと、この子は……すまん、まだ名前も知らない」
「フェルですっ!」
「だ、そうだ」
ソーナの様子を気にした風もなく、彼女……フェルはニコニコしながら俺の腹にグリグリと頭を押し付けていた。
前回の一件だけでこんなに懐かれるのか? いやいやいや、あり得ないだろう。
どうしたものかと困り果てていれば、ソーナは呆れた様子で大きなため息を溢し。
「情報共有はまた今度にしましょう、これでは落ち着いて話せませんし。それに、これから話す事はそう易々と人前で話して良い内容ではありませんから。それから、アイガスさんから受け取った依頼も、早めにこなさなければいけませんからね」
そう言って一枚の依頼書を取り出した。
完全に忘れていたが、王宮からの帰りに仕事を受けていたのだった。
色々といっぺんに起こりすぎなんだよ……もう少し落ち着ける時間が欲しい。
主に情報整理する時間が。
「しかし最後の一つだけ。駒使い……今回の貴方は順調に“進め過ぎて”いる可能性があります」
「どういうことだ?」
急に小声でそんな事を言い放つソーナに眉を顰めてみれば、彼女は静かにフェルの事を指さした。
「仕事が回される頻度が早い、それは恐らく“上”の信頼を勝ち取りすぎた影響でしょう。そして何よりこの子、私の記憶には……この子は存在しません。何かしらの変化が生じていると考えた方がよろしいかと」
「つまり、全てを思い出しても上手く行かない可能性がある……と」
「はい、警戒は怠らない事をお勧めします」
フェルを救出した時も記憶と状況が変わっていた事を考えると、おそらくソーナの予想が正しいのだろう。
人間誰しも、自らの行動や言動を全て記憶している訳ではない。
だからこそ同じ事を繰り返そうと、徐々にズレが生じるのは致し方が無い。
しかし今回は、前とは大きくズレてしまっている可能性がある。
そうなって来ると戦場の記憶も当てにならない為、初見の戦闘を何度もやり直しながら勝利に導く必要が出て来たと言う訳だ。
これはまた、厄介な事になって来たな……。
この時ばかりは、情けなくも大きなため息が零れてしまったのであった。
※※※
「よろしくお願いします!」
フェルが皆に向かって頭を下げる中、隊の全員が軽い雰囲気で出迎えていた。
俺とソーナの快気祝いとして用意された豪華な夕食と、フェルの歓迎会を兼ねての席。
テーブルに並ぶ調理の数々は俺がチェックしていない食材なども見られる為、おそらくアイガスが気を使ってくれたのだろう。
もしくは長い時間眠っていたのかと不安になったが、俺が眠っていたのは半日程度。
依頼の方も急がなくて良いから体調を戻せと言われてしまった程だ。
「指揮官様……えっと、それで、私も“駒”になれるんですか?」
未だ今後の話が出来ていない為か、フェルが不安そうな眼差しをこちらに向けて来た。
それに対してケイが苦笑いを浮かべながら近づいて来た。
「フェル、“駒”ってのはな? 俺達みたいな病気持ちで、こういう白っぽい髪色の“色なし”なんて呼ばれる奴等だけなんだよ。この状況じゃ分かんねぇかもしれねぇが、結構酷い扱いなんだぜ? 要は蔑称だよ蔑称、駒になりたがる奴なんか普通居ねぇよ」
やはり兄貴分としての自覚があるのか、皆が言いづらそうにしていた事を率先して説明してくれるケイ。
彼の言葉に驚いたらしく、フェルは目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。
「ごめんなさい、そういう言葉だとは知らずに……でも、そしたら私はどうすれば良いんですか? 指揮官様は現在“駒使い”だと聞いたので。私を使ってはくださらないのですか? 何でもします、だから傍において下さい……」
何だか妙に遜った様な態度を見せるフェル。
これには周りの皆も疑問を抱いたらしく、思わず不思議そうな顔を向けていた。
「なぁフェル、仕事が欲しいというのなら分かるんだが。何故そんな……」
「だって、私は獣人ですから」
ん? どういうことだ?
というか久々に聞いたぞ種族名。
駒の部隊にだって、人族や獣人、亜人だって混じっているのだ。
今更獣人だからなんだという感想になってしまった訳だが。
「此方の国では、獣人の立場は低くないんですか?」
あぁ、なるほど。
国の常識や法が全く違う事があると、アイガスから聞いてはいたが。
早速実感する事になってしまうとは。
彼女の態度からするにこの国にとっての“駒”の様な存在が、彼女の居た国では“獣人”だったのかもしれない。
「ここでは獣人を排他する様な考え方はない。周りの皆も他種族が集まっているだろう? “駒”という区分を作っている以上、同じ穴の貉だろうが。それでも獣人だからと言って自分を低く見る事は無い。その上で、何がしたい? 無理やり戦場に立たせる様な事はしないと約束しよう」
そういってフェルの頭に手を乗せてみれば、彼女は嬉しそうな表情で再び俺に抱き着き。
「でしたらやはり、指揮官様の下で働かせてください! 私、“その為”に前の国を逃げ出して来たんです。今ならはっきりと思いだせます!」
満面の笑みを浮かべて彼女は俺の指揮下に入る事を宣言した訳だが……ちょっと待って欲しい。
今、物凄く気になる事を言っていた気がしたんだが。
「駒使い。まさか、この子は……」
「かも、しれないな。これは本当に分からなくなって来たぞ……後で書類にまとめて考察しよう……」
「了解です、ご命令のままに」
素直に頭を下げ、更にはやけに俺との距離が近いソーナにも皆から疑惑の視線が向けられる訳だが。
あぁもう、ホントに。
「何から手を付けるにしても、時間が足りないな……」
「ですね」
先程同様、大きく情けないため息を溢してしまうのであった。
今度はソーナも含めて二人分だったが。
ホント、やり直したであろう昔の記憶を今すぐこっちに寄越してくれ。
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