第31話 ソーナ


 随分と、深い眠りについていた気がする。

 目を閉じてから一瞬で翌日の朝を迎えたのに、身体は随分と休まっているというか。

 ある意味心地の良い体の気怠さを感じながら、上半身を起こしてみれば。


「おはようございます、駒使い」


 すぐ近くからそんな声が聞え、思わず飛び退いてしまった。

 心臓が止まるかと思った。

 完全に一人だと油断した所に、コレだ。

 ベッド脇でずっと待っていたかの様子のソーナが、静かに本を閉じる。


「ソ、ソーナ?」


「はい、貴方のソーナです」


 些か気になる発言をする彼女が、ニコッと微笑みを溢して見せた。

 あ、あれ?

 誰よりも俺を警戒し、常に無表情を貫いていた彼女はどこに行ったのだろう?

 本当にソーナか?

 思わず疑問を浮かべながら訝し気に見つめてみれば、彼女は変らぬ笑みを浮かべながら俺の額に掌を当てて来た。


「熱は……大丈夫そうですね。しかし万全をとってシーナとルシアに診てもらいましょうか。今呼びますね、少々お待ちください」


「まったまったまった! 平気だから、凄く調子が良いから」


 イヤリングに手を当てようとする彼女慌てて止めた結果、ソーナからは不思議そうな表情を向けられてしまった。

 むしろ俺の方がその顔を浮かべたい所だが。


「ソーナ、だよな?」


「はい、ソーナです」


「……本当に?」


「触って確かめてみますか?」


 そう言ってジャケットを脱ごうとする彼女を慌てて止めた。

 なんか変だ、絶対変だ。

 ソーナは俺に対してこんな反応しないし、簡単に衣服を脱いだりしないはずだ。

 だとしたらやはり……偽物?

 思わず今まで以上に疑わし気な眼差しを向けてしまう訳だが。

 彼女は、困った様に笑いながら。


「駒使いは、何処まで覚えていますか?」


「え?」


 不意に、そんな事を聞かれてしまった。

 どういう意図の発言なのか、まるで理解出来ない。

 王様を前にした時よりも動揺しながら、明後日の方向へと視線を向けていれば。


「スキル“分配”、恐らくその影響なのでしょう。私にも“やり直す前”の記憶が、断片的ながら存在しております」


「なっ!?」


 思わず大きく口を開いたまま間抜け面を晒してしまった。

 だって彼女は、今まで俺が直面して来た一番の問題を平然と口にしたのだから。

 待て、待ってくれ。

 こんなのってありか? やり直す能力というのは、他者に伝えても良いものなのか?

 マンガやアニメの知識であればタブーとされる事が多かったが、実際の問題で考えろ。

 事実そんな制限があるとは誰かに言われた訳では無い。

 そして今現状ソーナにこの話をされた所で、コレと言った変化も無い。

 俺は“演習”でやり直す事が出来る。

 しかしながら、その場に残った皆はどうなる?

 タイムリープという奴だったら過去に戻るだけなのかもしれない、だが時間を巻き戻す訳ではなく違う世界……時間軸? 世界線? というものを選択する行為だった場合どうだろう。

 俺は、失敗した世界に皆を置き去りにしただけに過ぎない。

 何度でもやり直す俺だけが勝利を掴み、残された皆は敗北を噛みしめる。

 こう考えてしまうと、何処までも自分本位で自己満足を満たす能力に思えて来る。

 実際に後者だった場合、自分だけが救われる世界に生きている俺を、皆が受け入れてくれるのかという心配も出て来る訳だが……。


「私は、貴方の“失敗”さえ記憶しています。皆が朽ち果てていく記憶も、私自身が消えてしまったその戦場の記憶も。何度も何度も貴方が繰り返して、その都度全力で私達を守ろうとして来たその記憶が、今の私の中には有ります。私と貴方が、共に歩むと誓って身体を重ねた記憶さえも……」


「ん?」


 ちょっと待った、最後何て言った?

 しかも何度も戦場をトライ&エラーする光景を覚えている?

 ごめん、本当に待って。

 現状その記憶、俺持ってないんだけど。


「どうかしましたか? 駒使い」


 怪しげな光を瞳に宿しながら、彼女がベッドに上がって来る。

 待ってください、本当に待ってください。

 俺その辺りの記憶が全然ないんですけど。

 あと何故そんなヤル気満々何ですかね、ソーナさん。

 何がとは言わないが、雰囲気からして察する事は出来る。


「ちょ、ちょっと待った! 俺がおかしいのか? その辺りの記憶が全然ないんだよ! むしろ以前の戦場の記憶とかも、ふと蘇って来る感じで……むしろ初回に近い感じなんだよ! だから、な!? 頼むから待ってくれ!」


 思わず両手でバッテン印を作りながらベッドの端まで後退してみれば。

 彼女は信じられない物でも見つめる様な瞳を此方に向けて来る。

 お願いです、そんな目で見ないで。


「私ですら覚えているのに、戦場の記憶も?」


「……ほぼないです」


「私との、その、そういう事をした記憶も?」


「あ~えっと。すまん、無いです」


 むしろ今の俺が何週目かだったとして、ソーナを抱いたというのか?

 マジか? どうやって?

 今まで散々警戒されまくっていた彼女の心を、どうやって俺は解きほぐした?

 嘘でしょ? というかこんな若い子を口説いたのか? 犯罪じゃないソレ?

 思わずこっちが頭を抱えてしまう事態な訳だが、彼女は非常に大きなため息を溢してから、ベッド脇に座り直した。


「もう良いです……今後の話をしましょう」


「あ、うん。なんか、ごめん」


 非常に気まずい空気になりながら、彼女の近くへと戻ってみれば。


「まずは情報共有から始めましょう。この世界の事、私達の事、貴方の事。そして“演習”と“分配”のスキル。更にはその結果についてです」


「えぇ、はい。是非お願いします」


 大人しく膝を揃えて、彼女の隣に腰を下ろした瞬間。


「“今回の”私は、こういう行動を取るのは不自然なのでしょうね。でも、安心しました。貴方が戻って来てくれて、貴方が無事で。お帰りなさい、駒使い」


 その台詞と共に、ソーナは唇を此方に押し付けて来た。

 しかも、口同士で。

 これは何というか……これからどうなってしまうのか、非常に不安に苛まれる気がするのだが。

 本当に、前の俺何してんの!?

 というか今、何週かした先に居るって事で良いんだよね!?

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