第30話 荒療治


 俺の部屋に飛びこんで来たソーナ。

 良かった、無事だったのか。

 そんな事を思って、声の一つでも掛けてやろうと笑みを浮かべた訳だが。


「うっぷ、駄目だ……」


 もう昨日からずっとこんな調子だ。

 新しいスキル“分配”とやらを使ってから、ずっと気持ち悪い。

 何なんだコレ、ずっと吐き気が収まらない。

 まるで二日酔いの酷い時がずっと続いているみたいな、そんな調子。

 だからこそ、皆には酒を飲んだなんて言って誤魔化して来た訳だが。

 これ、本気で不味いかも。

 吐きすぎてもはや個体は出てこないし、今では少し血も混じっている。

 部隊がどうとか、駒がどうとか、更には戦争がどうとかの前に俺が死んでしまう。

 死因、吐きすぎとか本気で嫌だが。

 もはや胃の中が気持ち悪すぎて、ボロボロと涙が零れて来る。

 今の姿を見せたくなくて、思わずジャケットのフードを更に深く被ってみせれば。


「隠さなくて大丈夫です、駒使い。ありがとうございました、私は貴方のお陰でこうして生きています。だから、私には隠し事をしないで下さい。もう大丈夫です」


 そう言いながら、ソーナが背中をさすってくれる。

 ありがたい、ありがたいが……今そんな事をされると。


「ご、ごめ……ソーナ。ちょっと、我慢できな……」


「いいですよ、吐き出してしまってください。すぐ楽にして上げますから」


 何やら意味深な発言をする彼女を他所に、俺は吐き続ける。

 駄目だコレ、全然収まる気がしない。

 ゲーゲーしながら情けない姿を見せ続けていれば、もう一度部屋の扉が勢いよく開かれた。

 勘弁してくれ……こんな姿、誰にも見せたくなかったのに。

 などと思っていれば。


「ソーナさん! 持ってきました!」


「ありがとう、こっちに貸して下さい」


 ルシアの声が聞えたかと思えば、背後から金属音が響いて来る。

 俺の聞き間違いで無ければ、どう聞いてもあのライフルを弄った時の音に聞えたのだが。

 え? もしかして楽にするってそう言う事?

 次の瞬間には頭をぶち抜かれてしまったりするのだろうか?

 なんて事を思っていた俺の背中に、フワッと温かい体温が伝わって来た。


「私達“駒”では発作が起きますのでこういう荒療治は無理ですが、貴方みたいな普通の人だったら大丈夫なはずです。ホラ、銃を握って」


 後ろから抱きしめる様にして、ソーナが俺の前にライフルを持って来て窓に向かって構えた。

 俺の勘違いで無ければ、視界に映るシリンダーには最大威力の箇所が装填されている。


「ソーナ……俺の魔力じゃ、コレ、無理……」


 現在の気持ち悪さに上乗せして、魔力切れまで付与されてしまう。

 いや、むしろ気を失ってしまった方が楽なのか?

 もはや良く分からず、彼女に促されるままライフルを握ってみれば。


「集中して下さい、銃に魔力を送り込んで。大丈夫です、私を信じて下さい。“前”もこうして対処しましたから」


「ソー……ナ?」


「撃ちますよ?」


 肩越しに顔を出して来た彼女は、これまでにない程柔らかい微笑みを浮かべていた。

 あぁ、この子はこんな風に笑うのか。

 そんな事を思い浮かべていれば。


「全員に通達、これから建物内で発砲します。射撃演習射撃演習、繰り返します、これは演習です。警戒の必要はありません」


 イヤリングに手を当てた彼女が声を上げた瞬間、重ねられていた人差し指はライフルのトリガーを引き絞った。

 ズドンッ! と凄い音を上げながら、魔弾は発射される。

 それも以前撃った非殺傷弾じゃない、大砲みたいな威力のソレ。

 こんなものを室内で放てば当然窓や壁はブチ破り、光り輝く魔法の弾は空に向かって飛んで行った。


「気分は、如何ですか?」


「少しだけ、楽になった……」


「まだ足りない様ですね……私はココで三番目くらいに魔力量が多いですから、“分配”される量が多かったのでしょう」


「ソーナ、お前は何を言って……」


「ほら、集中して下さい。魔力を銃へ、次を放ちますよ? 但し、“使い切らない”で下さいね? その気配が微塵でもあれば、教えてください。大丈夫です、ゆっくり。ゆっくりで構いません、私が傍にいますから」


 やけに疑問が残る言葉ばかりを残し、彼女は再び正面を睨んだ。

 そして、二度目となる発砲音。

 こちらも見事に俺の部屋の壁を吹き飛ばしてくれたが、それでも気分はさっきよりも楽になった。

 これは、一体。


「自分のスキルくらい、ちゃんと管理して下さい駒使い。本当に貴方は、私が面倒を見て上げないと駄目ですね」


 クスッと笑うソーナが、レバーを引いてシリンダーを回す。

 ボケッとしたままその光景を眺めていれば、彼女は三番目か四番目か……確かそれくらいの位置だったと思う箇所でシリンダーを止め、再び銃を構えた。


「もう少し調整しますから、逐一調子を教えて下さい。嘘は無しです、貴方の“大丈夫”は信用できませんから」


 それだけ言って、何発かの魔弾を放てば随分と気持ち悪さが収まって来た。

 あぁ、くそ。

 格好悪い姿を見せた上に、今は彼女に体重を預けている様な姿勢だ。

 更に言うなら……疲れた。


「もう、平気そうだ……眠い」


「でしたら、お休みください。お疲れ様でした、駒使い」


 それだけ言ってライフルを下ろし、彼女は俺を抱きしめる様に腕を回して来た。

 随分と歳下の女の子に抱きしめられていると考えると羞恥心も湧いて来るし、情けない所ばかり見せてしまって悔しい気持ちもあるが。


「温かいな……」


「そうですか。では、おやすみなさい。どうか良い夢を」


 ソーナの言葉と共に、瞼を下ろした。

 昨日一度気を失い、すぐ目覚めてから寝ていないからな……コレも仕方のない事だろう。

 だとしても。


「これは、二日酔いだ」


「えぇ、そういう事にしておいてあげます」


 それだけ言って、完全に意識を手放すのであった。


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