第29話 記憶の共有
夢を見た。
彼はフードを深く被り、普段は吸わない煙草になんか火をつけて。
私達が居なくなった戦場を眺め、深いため息を溢した。
表情までは見えないが、風に乗って彼が流したであろう涙が零れ落ちる。
そして、おもむろに取り出した拳銃をこめかみに当てて。
「すまない……次は上手くやる」
そう言って引き金を引き絞るのであった。
これで物語は終わり、その筈だったのに。
「初めまして、私はソーナと申します。“駒使い”として選ばれた方ですよね?」
気味の悪い乾いた微笑みを浮かべる私が、“また”彼に向かって微笑んでいた。
これは、なんだ? 一体何だ?
だってさっき終わったじゃないか、全部終わりを告げたじゃないか。
だと言うのに。
「医療品を用意しろ」
彼は、“また”同じ台詞を呟いた。
だがしかし、記憶に残っている彼の表情とは違う。
どういうことだ? 私は何を見せられている?
何故繰り返している?
頭の中は疑問符だらけで、どんどんと混乱していく。
だというのに物語は進み、また“あの戦場”にたどり着き、再び彼はこめかみに拳銃を押し当てる。
『止めて下さい、駒使い……無理なんです、コレを攻略するなんて。絶対無理なんです、だから……お願い、もう止めて! もう繰り返さないで! こんなの、貴方の心が耐えられない!』
そう叫んだ私に、彼はフードの奥で微笑みながら。
「次は、上手くやる」
それだけいって、また引き金を引き絞るのであった。
※※※
「駒使い!」
飛び起きてみれば、そこには驚いた顔のルシアが私の事を見つめていた。
手に持ったカルテを取り落としながら、ワナワナと震える彼女はやがて涙を目に溜め始め。
「ソーナァ! 良かった、良かった無事で……本当に、もしもこのまま目覚めなかったらどうしようって。あっ、皆に知らせるね!?」
私に抱き着いて来た彼女は、此方が喋る暇など与えぬ程言葉を紡ぎ、耳に付いたイヤリングに触れた。
そして。
「こちらルシア! 皆、ソーナが起きました! 大丈夫そうです! 魔素中毒症状、今回は乗り切りました!」
彼女が叫べば、こちらのイヤリングから騒がしい声の数々が響いて来る。
思わず耳を塞いでしまいたくなる程の大音量で。
『ソーナァァァァ! 無事かぁ!?』
『ソーナ!? 今そっちに行くから! すぐ!』
『ソーナさん! 大丈夫ですか!? 何処か違和感とかありませんか!? 私も今そっちに行きますね!』
数々の大声を聞きながらフラフラする頭を振ってから、改めてルシアと向き直った。
私にはまず、確認しなければいけない事がある。
「ルシア、教えて下さい。駒使いは? 先程の通信でも声が聞えませんでした」
そう呟いてみれば、彼女は気まずそうに視線を逸らした。
「駒使いさんは、その……」
「まさか……また」
彼女の言葉に、先程の光景が蘇る。
哀しそうに笑い、拳銃を頭に押し付け「次は上手くやる」なんて無責任な台詞を吐きながら……彼は。
「二日酔いだって、そう言ってました。全く、私達が大変だって言う時に……駒使いは浴びる程お酒を飲んでいたそうですよ? 本当にもう。王宮に呼ばれたのですから仕方ないかも知れませんが、帰って来た時の恰好良い姿が嘘みたいです」
プリプリと怒ったルシアが、私から離れ散らばったカルテを集めていく。
二日酔い? この状況で?
もしかしてそのせいで今も寝ているのだろか?
だとしたら、皆が呆れるのも分かるが……本当にそうだろうか?
『スキル“演習”を発動しますか?』
『スキル“分配”を発動しますか?』
多分彼から見た記憶なのだろう。
そんな声や文字列が見えた瞬間、ゾッと背筋が冷えた。
何故こんな記憶が私にある?
答えは簡単だ。
二つ目のスキル、“分配”。
コレによって、私に彼の記憶が分け与えられたのだ。
そして彼が何故このスキルを私に使用したのか。
考えるまでもない。
私の中にあった余分な魔素を、彼が引き受けたのだろう。
だからこそ私はこうして無事に次の朝を迎える事が出来ている。
だが逆に、彼は?
駒使いは私達の様な、生まれつきの“魔素中毒”持ちという訳ではない。
しかしながら、彼は保有できる魔力が少ないと記憶している。
その為余分な、本人が保有できる以上の魔力をその体内に流し込めば……。
「ルシア! 今すぐ銃を用意して下さい! 雑な治療法ですが、コレで何とかなる筈です! 彼は“普通の人”ですから!」
「え? は? どうしたんですか急に」
「良いから早く! 駒使いの元に向かいます!」
ベッドから飛び降りた私は、そのまま駒使いの部屋に駆け出したのであった。
あの人は、本当に。
いつだって無茶して、無理をして。
そして全てを一人で抱え込むのだ。
あんな大馬鹿者、放っておけるわけがない。
「どうか、どうか無事で居て下さい。まだ“戻る”前で居て下さい……駒使い!」
今の私に残っている記憶の中では、彼は絶対にこういう時誰かに助けを求めない。
一人自分の部屋で椅子に座り、何でもない顔をして痛みに耐えるのだ。
だから周りが気付いてあげないと、私が気付いてあげないと。
思わず涙を浮かべながら廊下を走り抜け、そのままの勢いで彼の部屋の扉を開いた。
「駒使い! 無事ですか!?」
大声を上げながら駒使いの部屋へと飛びこんでみれば、そこには。
「おえぇぇぇ……」
バケツ片手に、思いっきり吐いている駒使いがグッタリとした様子で椅子に座っていた。
この人……本当に馬鹿なんじゃないだろうか?
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