第28話 新しいスキル


 その後しばらくアイガスと話をしながら家に着いた頃には、随分と遅くなってしまった。

 皆はもう食事を摂っただろうか?

 なんて事を思いながら扉を開けてみれば。


「駒使い! 助けて! ソーナが!」


 ただいまと一言呟く暇もなく、キリが俺の胸に飛び込んで来た。

 これには流石に驚いて、背負ったフェレットの子を取り落としてしまうかと思ったが。


「キリ、ソーナに何があった?」


 自分でも驚く程、淡々と言葉が漏れ始めた。

 俺がココを離れたのは一日程度、その間に何かしらの異常事態が発生したとはあまり考えられないが……彼女の様子を見る限り、とてもじゃないが安心出来る事態では無さそうだ。


「駒使いが出かけたすぐ後……ソーナが、魔素中毒を起こして……」


「っ!? ソーナは何処だ!? 医療室か!?」


「う、うんっ! 早く!」


 魔素中毒。

 それは彼女達“駒”にとっては即死に繋がる程危険な症状であり、発作が起きれば想像がつかない程の苦しみに見舞われるという。

 魔素濃度が異常に高い地域に踏み込んだり、魔力切れの様な体内外の魔力バランスが著しく変化した際に、急激に空気中の魔素を取り込む事で発生する。

 俺の想像に過ぎないが、これは恐らく“駒”と呼ばれる彼らが魔素を体内に取り込み、分解吸収するまでに普通より時間が掛かるのではないかと思われる。

 普段ならゆっくりと体内に蓄積し、貯蓄していく魔素。

 だが自らのキャパシティを越えた魔素を一気に取り込んだため、身体が正常に取り込めず中毒症状が起こる。

 全て予想に過ぎないが、要は急性アルコール中毒の様なモノだと考えていた。

 しかしソレが高い確率で死に至らしめるとなれば、魔素の毒素はアルコールなどとは比べ物にならないのかもしれないが。


「駒使い! こっち!」


 慌てた様子のキリに続いて、とにかく医療室に向かって足を向けるのであった。


 ※※※


「ソーナ!」


 扉を叩き開ける勢いで医療室に踏み入れてみれば、そこには多くの人々で溢れていた。

 皆、ココに集まっている。

 医療班の二人が忙しそうに動き回り、それ以外は邪魔にならない位置で辛そうな顔を浮かべている。

 その視線が、一斉に此方に向いた。


「大将! ソーナが、ソーナが!」


「分かっている、報告は受けた。ケイ、すまないがこの子を頼む」


 背負っていた女の子を彼に託し、俺は皆の間を抜けてソーナが眠っているベッドへと足を向けた。

 彼女の息は荒く、苦しそうに顔を歪めながら呻き声を上げていた。

 搔きむしったのだろうか? 首や胸元には真っ赤な蚯蚓腫れが広がっており、手首はベッドの骨組みにベルトで固定されていた。

 コレが、魔素中毒。

 言葉では、知識では頭に入れていたつもりだったのだが。

 いざ目にしてみれば皆がトラウマになるのも分かる。

 それくらいに、今のソーナは苦しそうに呻いているのだから。


「ただいま、ソーナ。すまない、遅くなってしまった」


 それだけ言って、彼女の手を掴んでみれば。

 ソーナは力強くこちらの掌を掴み、その爪が此方に突き刺さる。


「駒使いっ!? 今のソーナに触れると危険です!」


「何やってるの!? 早く手を放して! 魔力が戻ってれば魔術を使われる可能性もあるんだよ!?」


 医療班のシーナとルシアが悲痛な叫び声を上げて来るが、もう一方の掌を向けて制した。


「大丈夫だ、この程度問題ない」


 呟いてみるもののソーナの爪は更に深く、握りしめるかのように肉を抉って来る。

 だからどうした。

 彼女はそれ以上に痛いはずだ、苦しいはずだ。

 だったら、この手を放す事など出来ようか。


「ソーナ、苦しかったらもっと叫んで良い。痛かったら痛いと言って良いんだ、俺の手をもっと強く掴んで耐えられるなら、もっと傷つけても問題ない。だから、頑張れ。頑張ってくれソーナ!」


 叫びながら、彼女の手を握り返した。

 この世界に、相手から魔力を奪う様な魔法は存在しないらしい。

 あるのは特殊なスキルのみ。

 つまり万人が扱えるようなモノではない。

 もしもそう言った魔術があれば、中毒症状を起こしても余分な魔素を取り除き、症状が緩和出来るのではないか?

 そう考えたのだが、結果は惨敗。

 そもそも中毒症状を起こしてしまった後では遅いのか、それにその手の魔術があったとしても、奪い過ぎてまた魔力切れを起こしてしまっては元も子もない。

 更に言えば奪うのは魔力ではなく魔素でなければいけないのだ。

 だからこそ、俺には何も出来ない。

 ただただ苦しんでいる相手の掌を握り、隣で見ている事しか出来ない。

 こんなのってあるだろうか?

 今日出掛ける前まで、彼女は普通に言葉を発していたのだ。

 目を離すほんの前まで、いつも通りのソーナがそこには居たのだ。

 だというのに……。


「駒、使い……?」


 薄っすらと開いた彼女の瞳が、間違いなく俺の事を見ていた。

 未だ苦しそうな息を吐きながら、ダラダラと汗を流して。

 それでも彼女は、俺に向かって微笑んで見せた。


「うそつき、なんて言って……ごめんなさい」


「え?」


 急に、そんな事を言い始めた。

 混乱している内に、彼女の瞳には涙が溜まっていく。


「あの状況じゃ、指示を出しても……無駄ですよね。わかってるんです、分かっていたんです……でも、貴方ならって。そう……思って」


「ソーナ? 何を言っている?」


「貴方は全て背負ってしまうから、だから……少しでも、私が……」


 言葉を紡ぎながら、徐々に彼女の瞼が降りていく。

 駄目だ、このまま彼女を眠らせては。

 直感的にそう思った

 まるで静かに死を迎えるみたいに、彼女は瞼を下ろしながら微笑みを浮かべている。


「ソーナ!」


「駒使い……どうか“今度”は皆を無事に……」


「ソーナァ!」


 彼女の手を今まで以上に強く握りしめ、叫び声を上げた瞬間。


『スキル“分配”を使用しますか?』


 そんな文字列が、視界の隅に映り込んだ。

 何の事だと思ってしまったが、迷う事無くYESと答えた。

 コレが一体どういうスキルなのかも分からずに。

 しかし、次の瞬間。


「うっ!? うぐっ……うぷっ、おえぇぇ」


「駒使いさん!?」


 俺は、床に吐しゃ物をまき散らしながら意識を失ってしまったのであった。

 本当に、訳の分からないスキルばかりだ……。

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