第27話 この国にとって
「旦那、お疲れの所悪いけどよ。新しい仕事だ」
帰りの馬車に揺られていると、アイガスが急にそんな事を言いだした。
それなら最初に言ってくれれば良かったのに、なんて思ったりもする訳だが。
先程からずっと眠り続けている少女が、ゴロンゴロンと寝返りをうって寝心地が悪そうにしていた為、座席から落ちないかヒヤヒヤしながら見守っていたのだ。
彼なりにこちらが落ち着くタイミングを見計らってくれたのだろう。
差し出された依頼書を受け取り、内容を確認していれば。
「前の話の続きだけどな、国の外じゃ人が生きていける環境がねぇってアレだ」
「ん? あぁ」
国の事や外の事の話が、中途半端に教わったままになっていた事を思いだした。
依頼書に眼を通しながら耳を傾けていれば。
「基本的に国がやってるのは土地の取り合いなんだよ」
「不思議な言い方だな、人が住める環境を徐々に広げていくのは理解出来る。しかし今の言い方だとまるで」
「他所と争っている様に聞こえる、だろ? 実際その通りなんだよ」
思わず一旦依頼書から視線を外し、アイガスに向き直ってしまった。
その表情は、何処か疲れた様子で微笑んでいたが。
「まぁなんつぅか、平和な所で生きて来た旦那達には理解出来ねぇって言われちまうような話だろうけど」
そんな言葉を風切りに、彼はこの世界の事を語ってくれた。
ただしそれは“この国”から見た世界である、と釘を刺しながら。
何でもずっと昔には、とても平和な世界が広がっていたのだと言う。
国は今ほど巨大な壁に囲われる事も無く、周囲には数多くの村々で溢れていたらしい。
更に国同士も協力し合いながら成り立っており、毎日他国からの物資が運ばれてくる程。
しかしソレはもはや過去の歴史となり、書物でないとそんな光景は確認する事も出来ないとの事。
今では世界中に魔獣や魔物が溢れ、その頃から“魔素中毒者”も増えていった。
守ってくれる城壁や兵の居ない周辺の村々はすぐさま食い尽くされ、当然物流も止まる。
その結果が今の世界。
どこの国も自給自足を余儀なくされ、他国との関わりを断つ他なくなった。
全ての生き残りを国の中だけで管理するには些か狭すぎた為、現在も国の領土を広げる為に各国が奮闘しているそうだ。
魔獣や魔物が闊歩する外の世界に足を伸ばし、調査し、殲滅する。
完全に掃除が終わった土地には警備隊を付け、今後敵の侵攻が無いかを警戒。
勝ち取り、守り、その都度国の壁を拡げて国の一部として吸収していく。
壁に関しては多くの術者を使い、最優先事項として修繕、拡大を続けているらしい。
とてもじゃないが、気の長い話だ……なんて思ってしまうが、そこは魔法がある世界。
俺が想像するよりずっと早く、あのご立派な壁が完成してしまうみたいだ。
「しかし他国との関係を断ったのだろう? 何故他の国も同じ事をしていると分かる? スパイでも居るのか?」
「ははっ、そういうのも居るかもしれねぇな。でももっと簡単に分かる事もあるのさ、戦争だよ」
「この状況で? 周りには人以外の敵が溢れているのに、どうやって戦争なんかするんだ?」
自分で言っていて、一つだけ気が付いてしまった。
今の状況でも“外”に出られる存在がいるとするなら、どうだろう。
戦争と聞いて大規模なモノを想像してしまったが、もしももっと小規模な小競り合い程度で納めているとしたら?
他国の兵を捕らえ、捕虜として連れ帰ればある程度敵国の事情を聴き出す事は可能かもしれない。
「大体予想が付いたって顔だな、まぁその通りだ。捕虜として連れて来られた奴から話を聞いて何処の国はこうだ、こっちの国はあぁだって予想を立ててんのさ。そしてやっぱり、どこもかしこも隙あらば相手の国の領土を、マルっと手に入れたいと考えてる訳だ」
ハッと乾いた笑い声を上げながら、アイガスが両手を拡げてみるが。
「とても平和ボケした発言に聞えるかもしれないが……何故協力し合わないんだ?」
俺の質問に対して、彼は呆れとも悲しみともとれる表情を浮かべながら小さく息を溢した。
「何事もなくそうできれば、一番平和な解決策なんだろうけどな。だが想像してみてくれ旦那。ある日突然住む所も食う物も、法も価値観だって変わる両国。それを全て話し合いで解決するなんざ、とてもじゃねぇが出来ねぇんだ。不満が生れ、民が苦しみ、全部を上が賄ってやれる程の資源も無い。ただでさえこうして毎日外にでて、少しずつ資源と住む場所を取り戻して行ってる訳だからな」
「しかし……」
「旦那の言いたい事も分る。だがな、無理“だった”んだよ。他所の国と長期間離れすぎた影響か、生活の環境が違い過ぎた。ソイツ等と一緒に足並み揃えてってのは……色んな所で問題が起こったんだ。どっちかの国がどっちかの国の資源を食い潰しちまったりな? そんな訳で、この世界では共存よりも侵略を選んだって訳だ」
何とも、言葉にし難い感情が溢れて来る。
綺麗事を並べれば、それでも共に生きる道を探すべきだなんて言うべきだろうか?
しかしながら、それはもうすでに試し失敗した事例。
“向こう側”の様に、世界中の事が簡単に調べられる環境は無いのだ。
ただただ出会った国同士が手を取り合った結果、片方の文明レベルがあまりにも高すぎた場合、もう片方はただ相手側の技術や資源を一方的に貰う事になる。
代わりに提供する側は今まで以上に人が増え、ただただ消耗していく。
しかも協力関係にある以上、貴族などの位があれば“同じ位”にいる立場の相手を平等に扱わなければいけない。
その当人が国に貢献できる能力があろうとなかろうと。
言葉を悪くしてしまえば自国な有能な民と、他国の無能な民を同列に扱う必要が出て来るのだ。
それでは確かに、周囲から不満も溢れる事だろう。
そして俺が今目を向けるべきは国そのもの、世界そのものではなく……。
「そのフィールドの奪い合いに使われる最初の戦力が」
「そう、その通りだ。調査し、戦闘し、使い潰しても問題ない存在。それが“駒”って訳だ。旦那の指揮の下皆平和に、なんていつまで続くか分からねぇんだ。大事に発展した場合、まず駆り出されるのは……アンタが率いる、“魔素中毒者”の連中って訳だ」
なんともまぁ、度し難いな。
思わずため息を溢しながら、改めて依頼書に視線を落した。
こういう仕事ばかりをこなして、ずっと皆で生きていければ良いのにな。
今は問題が起こった訳じゃない、すぐに戦争がはじまる訳じゃない。
だというのに。
『いつまでも逃げていると、また取りこぼすぞ? いい加減向き合え』
あの言葉が、脳裏にこびり付いた様に何度でも鳴り響くのであった。
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