第26話 氷の少女


 王様の話によると他国の情勢というか、何をしようとしているのかは聞き出せたから連れて帰って良いとの事。

 その辺りも色々と聞き出そうとしたが、何だかんだではぐらかされてしまい現在に至る。

 異世界人とは言え、国に直接関わる内容は共有してくれないのか。

 それとも連れ帰った彼女がコレと言って重要人物ではなかった、という事で良いのだろうか?

 まぁその辺りは本人から直接話を聞いてみれば良いだろう。

 何てことを考えながら彼女が現在囚われているという地下牢の扉を開いてみれば。


「さっみぃぃぃ!」


「なにこれ……地下牢獄全体が凍ってる……」


 開けた瞬間白く染まった空気が溢れ出し、俺達の事を包み込んだ。

 高校生組が悲鳴のような声を上げるが、俺としてはそこまででもない。

 ジャケットの防寒性能が効いているのだろうか?

 だとしたら凄いな、見た目はアレだが性能は段違いの様だ。

 俺自身が戦えない事を知って、様々な意味での防御面に特化してくれたのかもしれない。

 そんな訳で、一人氷漬けの牢獄をズカズカと突き進んでみれば。


「ヒッ!」


 一つの牢屋の中に、彼女は蹲っていた。

 随分と薄着で、寒く無いのかと思わず聞きたくなる程の恰好で。

 取り調べを受ける際に今までの服は没収されてしまったのだろうか?

 多分この後返してくれると思うのだが、今この状況だけを見れば不遇な対応に見えなくもない。

 まぁ、彼女自身がこうして抵抗してしまったのなら……なんとも言えないが。

 思わずため息が零れてしまいそうになるが、ココは我慢。

 彼女は、随分と怯えた様子で俯きながら此方を睨んでいた。

 長い金髪を揺らしながら、青く鋭い瞳を此方に向けて。


「……私を、処刑するんですか?」


「何故そう思う?」


「私は逃亡者だし、何人も殺した……だから、国の事を聞いたら用済みでしょう?」


「ほぉ、そちらの国ではそういうモノなのか?」


 会話をしながら、看守から預かった鍵で牢を開け中に入った。

 凍り付いていたのか、些か鍵が回るのが渋かったが。


「そうじゃないなら、どうするつもりですか?」


 より近寄った俺に対して、彼女は警戒した眼差しを向けて来た。

 今俺は新しい装備のジャケットも来ているし、寒さ対策でフードも被っているのでコレと言った不都合は感じないが。

 吐き出した息は服の外へ漏れれば真っ白に染まる。

 あぁ、なるほど。

 ここは、寒いな。

 とても、寒い。

 コレが彼女の世界なのだろう。


「日向ぼっこでもしないか?」


「……は?」


 風に流れそうな金髪を揺らしながら、彼女はやっと“上”を見てくれた。

 視線だけ見上げる訳ではなく、顔ごと。

 この時やっと、彼女の顔がしっかりと見えたくらいだ。

 ソーナと同じくらいか? 随分と若く見える。

 だというのに、その瞳は疑心と警戒に染まっている様に見えた。


「もう大丈夫だ、よく頑張ったな」


 それだけ言って、彼女の頭に手を置いてみれば。


「もう一回、言って?」


「ん? えぇと……もう大丈夫だ、よく頑張ったな。か?」


 リクエストに答えて、恥ずかしい台詞をもう一度繰り返してみれば。

 彼女は思い切り此方に抱き着いて来た。

 随分と冷え切って、冷たい腕が俺のジャケットの中に入って来る。


「私を……助けてくれる人の声だ」


「もしかして、意識があったのか?」


 確かに彼女を運び出す時、そんな事を言った記憶がある。

 しかしながら、まさか覚えているとは思わなかった。

 あの時は結局俺では洞窟から運び出す為の筋力が足りず、ケイにお願いして運び出してもらう結果になったという悲しい現実もあったりするのだが。


「私を、“また”助けてくれますか?」


 彼女は最初とは違う緩い笑みを浮かべて、此方を見上げて来ていた。

 ならば答えるしかあるまい。

 俺は大人で、彼女はまだ子供だ。

 此方を信頼してくれるのなら、相手が安心出来るだろう言葉を返す。

 それが役割というモノだろう。


「あぁ、俺が君を助ける。だから一緒に来ないか? これからは、日の当たる場所で一緒に過ごそう。ここは寒いからな」


 言葉を紡いでみれば、彼女は俺の腹に顔面を押し付けて来た。

 そして、フガフガと匂いを嗅いでいるかのように鼻を鳴らした後。


「思いだしました……貴方の匂い。連れて行って……下さい……」


 それだけ言って、少女は脱力した様に項垂れるのであった。

 えぇと、コレはどう言う状況だ?

 何てことを思いながら戸惑っていれば、彼女の髪の間から小さな獣の耳が飛び出している事に気が付いた。

 これは……なんの動物だろう? フェレットか何かか?

 やけに小さくてピコピコ動く耳を観察しながら、俺の膝の上に上半身を預けて大人しくなってしまった少女を見つめていれば。


「お、おっちゃーん……何とかなったぁ? 早く上行こうぜぇぇ……寒ぃって……」


 白宮君の言葉に、とりあえず大人しくなってしまった彼女を腕に抱えるのであった。

 まぁ何はともあれ、新しい仲間だ。

 まずは家に連れて帰らないと。

 歳も皆と近い様だし、仲良くしてくれれば良いのだが。

 そんな事を思いながら、俺は名前も知らぬ女の子を氷の牢獄か連れ出すのであった。

 はてさてこの子が一体何なのか、どういう影響を及ぼすのか。

 “記憶”に無い以上、予測できる事態ではないが……それでも。

 どこか皆と同じ雰囲気を放つこの子を、放っては置けなかったのは確かだ。


「すまない、白宮君……手伝ってくれ」


「おっちゃん……筋力」


 こればかりは、本当に申し訳ない。

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