第25話 記憶にない思い出


 駒使いが出て行った後の広間には、嫌な沈黙が広がっていた。

 誰もが新しい装備に浮かれていたというのに、今では葬儀でもしているかの様だ。

 それくらい静かな空間の中、誰も声を上げられずただただ駒使いが出て行った扉を眺めている。

 それはそうだろう。

 だって、さっきの彼は普通じゃなかった。

 何かに怯える様に、何かに苦しむかの様な声を上げていたのだ。

 今までの他の“駒使い”だったら。

 “あぁ、壊れてしまったのか”程度で済んだモノを。

 彼が崩れ落ちた瞬間、装備なんかどうでも良くなってしまった。

 いらない、新しい装備も過ごしやすい環境もいらない。

 だから、“この人を苦しめないで”。

 何故、そんな事を思ったのだろう?

 私自身にも分からなかったが、彼が膝を突いた瞬間そう思ってしまった。

 今までにないくらい有能で、私達を“生かしてくれる”駒使い。

 もはやここは否定しようがない。

 だがしかし、こんな感情を浮かべる程心を許した覚えはなかった。

 では何故? 何故私はこんなにも不安になっている?

 彼が膝を折った瞬間、何故ここまで心が乱れた?

 自分でも分からない感情を胸に宿しながら、思わず頭を押さえたその時。


『うそつき……』


 自らの言葉が、頭の中に鳴り響いた。

 知らない記憶、経験した事のない筈の過去。

 だと言うのに、今の私の瞳には。

 間違いなく自分が“死ぬ瞬間”が映り込んだ。


「うぐっ!?」


「今度はソーナかよ!? マジでどうした!?」


 ケイが駆け寄って来て身体を支えてくれるが、込み上がって来る吐き気が酷い。

 なんだコレは、何の記憶だ?

 視界に映るのは皆が死んでいく光景、指揮を諦めてしまった駒使い。

 そして敵から放たれる広範囲魔術。

 その結果私達は、皆……。


「大丈夫、私は大丈夫です……」


「お前まで大将みたいな事言ってんじゃねぇよ! シーナ! ルシア! ソーナを医療室に運ぶぞ!」


 ケイの言葉を聞きながら、意識がぼんやりとしてくのが分かった。

 記憶の中に居る“駒使い”。

 彼は先程とは違う地味で真っ黒なコートを羽織り、感情を見せたくない時はフードを被る癖があった。

 疲れている時、苦しい時、悩んでいる時。

 それから、誰か仲間が死んでしまった時。

 何かがあった時、決まって彼はフードを被るのだ。

 だからこそ、そう言う時は黙って傍に寄り添った。

 いくら言葉を重ねようと彼の疲労は、苦しみは、傷みは。

 決して癒える事がないのだから。

 一番近くに居て、理解したからこそ。

 私は彼の傍に――


「駄目、駄目です……彼を一人にしては。あの人が顔を隠した時は、絶対に一人にしちゃいけない……」


「ソーナ! おい、ソーナ! 大丈夫か!? 聞えるか!?」


 何をした訳でもないのに、私はこの日魔素中毒に苛まれた。

 発作が起きて、全身がガクガクと震えて。

 呼吸だって満足に出来ない状態で、何かを求め続けた。

 暗闇の中、ただひたすら手を伸ばす夢をずっと見ていた気がする。

 どうしても届かなくて、もっともっとと足掻きながら、必死に手を伸ばす夢。

 その先に居るのは。


「駒使い……どうか、置いて行かないで……」


 そんな言葉を、呟いていたらしい。


 ※※※


「こうして全員が揃うのは久しぶりだな」


 王様の言葉と共に、この会合は開かれた。

 正面の席に座るのは当然この国のトップ。

 いつも通り威厳がありそうな態度と、低い声。

 そしてアイガスが言っていたスキルの影響もあるのか、この空間を支配する様な威圧感を放っている。


「この度は御招き頂き、感謝の言葉もありません」


 やけに下から、と言ったら言葉が悪いかも知れないが。

 “こちら側”に呼ばれた際に見た社会人グループが、わざわざ椅子から降りて膝を折っていた。

 ある意味、こちら側の常識に一番馴染んだ……もしくは順応したと言って良い反応かも知れないが。


「よっ、黒瀬のおっちゃん久しぶり。心配してたんだぜ? 平気だった?」


「ちょ、コラ白宮!」


 反対側の席に座る高校生グループに視線をやれば、まるで教師の視線を盗んで内緒話でもするかのような様子の白宮君と、彼の事を止めようとする女子達。

 こちらもこちらで、上手く順応しているようで安心だ。

 思わず微笑みを返してみれば女子二人は慌てて会釈を返し、白宮君は「今度は魔力系じゃない練習しようぜ!」なんて言いながら馴染んだ様子を見せてくれる。

 やはりこの子は凄い。

 唯我独尊というか、全く違う世界に来ても我が道を生きている。

 この勢いばかりは、俺も見習いたい所だ。

 思わず頬を緩めながら、正面に向き直ってみれば。


「皆仲が良くて非常に結構。しかしながら、今だけは私の話に集中してもらって良いかな? 何せ他国からの逃亡者と、その情報。そしてかの者の行く末に関わるのだから。もちろん皆が興味無しと言うのであれば、此方で処理するが――」


「話を続けてくれ、その子はこっちで預かる予定だからな。前置きはいらん、時間の無駄だ」


 言い放ってみれば白宮君を含めた周りの皆がギョッとした眼差しを此方に向け、王様はニヤリと笑って見せた。


「クロセ殿、貴殿が拾って来た他国民だ。やはり興味はあるようで安心した、して……貴殿は私に何を求める?」


「発言の意図が分からないな、王様。相手に何かを訪ねる時は、しっかりと聞きたい内容と理由を提示するべきだ。今の発言にはソレが無い、よって答えは保留だ。という事で、まずは報告を先にしてもらえないだろうか。この国の法に従い、大人しく彼女を貴方に預けたんだ。包み隠さず話してくれ。ソレが法であり、礼儀と言うものだ」


「ちょ、ちょぉぉぉ! 不味いって黒瀬のおっちゃん! 相手王様だからぁぁ!」


 やけに小声で訴えかけて来る白宮君を無視しながら、相手の瞳を見つめていれば。

 王様は無言のまま数秒間視線を合わせた後、クククと楽しそうに笑い始めた。


「やはり、貴様も異世界人。特別でない訳が無いという事か」


「さて、どうかな。俺はろくな能力がない、だからこそある物を全て使って生き残っているだけだ」


 売り言葉に買い言葉。

 いつも通りで良いと言う許可も頂いた身の上なので、思い切り口元を上げながら王様と顔を付き合わせてみれば。


「耐えているのか。それとも、はなから効いていないのか。全くとんでもない“異世界人”が紛れ込んだモノだ」


 降参とばかりに王様が両手を上げてみれば、使用人が俺に向かって資料を差し出して来た。

 そこに記載されていたのは。


「さっさとコレを提示すれば話が早く進んだだろうに、何故出し惜しんだ?」


「クロセ殿と今後二人きりで話をする時は、最初から出すと約束しよう。いやはや、実に愉快だ」


 楽しそうな様子の王様と、顎が外れそうなくらい口を開けた周りの集団。

 何とも間抜けな光景が広がってしまったが……まずは。


「とにかく、彼女に面会させてくれ」


「むしろさっさと連れて行ってくれ、寒くてかなわん」


「……ほう?」


 そんな冗談を交わすくらいには、余裕がある状態らしい。

 つまり政治的な理由や他の権力者は黙らせた後だと思って良い様だ。

 この王様も、なかなか食えないな。

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