第21話 呼び出し


「前回に引き続き、ご苦労であった」


 今回の仕事も終わり、家に帰って一息つける。

 そう思っていた俺を待ち受けていたのは国の兵士の皆様方。

 仲間達はそのまま帰還してもらい、俺だけが王宮へとお呼ばれした訳なのだが。


「いえ、大した事をしたつもりはありません。コレが俺の仕事ですので」


「ハッハッハ、謙遜もそこまで来ると嫌味だな。しかしコレは、当初の私の判断が間違いだったという証明だろう。すまなかった」


「ほぅ?」


 対面席に座る王様は盛大に笑い声を上げながら、手元にあったベルを鳴らした。

 すると扉が開き、多くの使用人が大量の料理を運び込んで来る。

 王様と対面に座っている、と言ってもお互いデカいテーブルの誕生日席に腰かけている状態なので結構遠い。

 だというのに、そのスペースを数多くの料理が埋め尽くしてしまった。

 おいおいおい、パーティーでも始まるのか?

 何て事を思ってしまうが、周りに居る使用人や兵士は動く気配なし。

 つまりこれは、俺達二人だけの為に用意された料理という事で良いのだろうか?


「アイガスから色々と報告を貰っている。それにクロセ殿の仕事の後、こちらも調査隊を向かわせて調べさせてもらった。正直に言おう、見事だという他に言葉が見つからない」


「はぁ……」


 とりあえず評価してもらった事だけは分かった。

 急に褒められた上ここまで御大層な待遇をされると、正直不安にしかならないが。


「私も貴殿の評価を改めないといけないと思ってな、すまなかった。想定外の出来事、大型の魔獣。想像以上の大群を前に、一人も欠くことなくこれだけの戦果を収めた。指揮能力で言えば、間違いなくクロセ殿はこの国の兵を任せられる存在だ」


 はい? と思わず間抜けな声を返してしまった。

 この国の兵を任せる? この人は何を言っているのだろうか。

 困惑しながら近くに待機していたアイガスに視線を送ってみれば、困り顔でチョイチョイっと自らを指さしていた。

 あぁつまり、これは出世のお誘いという事で良いのだろうか?

 “駒”ではなく“兵”を操れと言われている、と。


「断る」


 すぐさま答えてみれば、王様はピクリと眉毛を動かしてからその動きを止めた。

 彼の姿や態度、そして威圧感を考えると見ているだけで怖い光景ではあったが。


「……理由を聞いても?」


「俺は“駒使い”だ、兵の指揮官じゃない。無能の烙印を押され城を出た、ただの異世界人」


「だからそれはすまなかったと……」


「あぁすみません、責めている訳ではありません。ただコレが俺の仕事であり、役目だと考えています。俺は今更、彼等を放り出すつもりはない」


 むしろ“異世界人”というだけで、色々と物資を優遇して頂いているのだ。

 こちらが頭を下げる事があっても、彼に頭を下げろなんて口が裂けても言えない。

 何たって俺達異世界人は、誰もが死んでから“こちら側”に来ているらしいのだから。

 一度は役目を終えた者を拾い上げただけ、まさに二度目の人生。

 だとするのならば、いくら不遇な扱いを受けたとしても感謝するべき事例であろう。


「クロセ殿は、あくまで“駒使い”を貫くと?」


「そのつもりです。むしろ今回の仕事を評価して頂けたのなら、僭越ながら物資補給の改善をお願いしたいのですが」


「あくまで“駒”の為に働く、か」


 彼は大きなため息を溢しながら手近にあったグラスを持ち上げ、グイッと一気に酒を呷った。

 そして、今まで以上の鋭い瞳を此方に向けてから。


「分かった、約束しよう。しかし“駒”を使う以上、成果を残し続けなければ補助は少なくなる。例えクロセ殿が異世界人であろうと、こればかりは変わらないが……よろしいか?」


「あぁ、問題ない」


 即答してみたが、やけにアイガスが視線の端っこで慌てた様子を見せている。

 何かと思ってチラッと視線を向けてみれば、彼は必死で自身の口元を指さしていた。

 なんだ? と首を傾げそうになったが。


「あっ、いえ。失礼しました……問題ありません、今後とも良い報告が続けられる様に尽力致します」


 不味い不味い、気を抜くと何故か“あの口調”になってしまう。

 おかしいな、皆と過ごしている時は戦場以外ではこう言う事はなかったのに。

 もしかして気を抜く、ではなく気を張る状態になると癖の様に出て来てしまうのか。

 流石に王様にタメ口は不味い、しかも偉そうに喋ってしまっていたし。


「いや何、気にするな。公の場では不味いが、こういう場なら許そう。不敬だ何だと言うつもりは無い、いつも通りに喋ってくれて構わないぞ?」


「はぁ……どうも」


 とりあえずタメ口許可は頂いたが……真に受けて大丈夫なモノなのかどうなのか。


「しかし、貴殿に一つだけ忠告しておこう」


 未だ困った顔を浮かべていた俺に、王様は非常に渋い顔を向けながらため息をついた。

 そして、テーブルに肘を尽きながら口の前で掌を合わせ。


「あまり“駒”にのめり込み過ぎるな、アレは普通の人間とは違う。いくらクロセ殿が愛情をもって接しようと、友の様に感じようと。世間は彼等を道具として扱い、本人達は驚く程早く命の灯を消す。共に歩んで来た筈の隣人が、明日には何も無くとも居なくなる。それが“駒”という存在なのだからな」


 どうやら、彼は俺の心配をしてくれているらしい。

 魔素中毒者の寿命は、確かに短いとされている。

 ほんの少しのミスで、何かしらの影響で命を落とす事も少なくないらしい。

 だからこそ、寄り添ってはいけない。

 特に俺の様な、人の死に慣れていない人間は。

 そう言われている気がした、が。


「忠告、感謝する。しかし、だからこそ俺は……最期まで彼等と共に歩むと決めたんだ」


「そうか……ならば、何も言うまい。物資補充の件、承知した。今後とも期待しているぞ、“駒使い”」


「あぁ、了解した」


 それだけ言って席を立った、もう話す事はあるまい。

 であればさっさと帰ろう、俺の家へ。

 なんて思って扉に手を掛けてみたが。


「その料理、この後どうなるんだ?」


「ん? あぁ、使用人達が摘まんだりはするだろうが……いわば“残り物”だからな。皆にちゃんと食事を配給している以上、残りは廃棄するだろう。どうした?」


 その言葉に、ポリポリと頬を掻きながら。


「持ち帰っても良いか? 豪華な料理というのを、アイツ等に食わせてやりたい」


 非常に申し訳ないが、物資補給の前にお土産を催促してしまったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る