第20話 生存者


 “上手く行って良かった”という感想は浮かんで来るものの、はっきり言って気分は最悪だった。

 洞窟内に入ってから、またやり直してしまったのだから。

 密閉状態にして、魔法の炎によって酸素を奪うという記憶には無かった行為。

 本当に密閉状態になっているのか、本当に生存者はいないのか等を考えていたら、ロナとキリ失う結果になってしまった。

 貫通して来たシャベルがロナの顔面に突き刺さり、慌てて反撃の指示を出してみれば今度はキリが。

 すぐに“演習”のスキルが使えてよかった……もしもスキル発動の条件が“全滅”だった場合、俺達は彼女達を失ったまま進む結果になったのだから。


「まぁ、上手くいったんだから良しとしよう……」


 完全素人知識で“試してみた”行動だった為、俗に言うバックドラフト現象だったり、その他知らない現象が起こった場合の対処は全く思いつかなかったのだ。

 しかしロナの使った炎は魔術を停止すると同時に消えてくれたらしく、火種が残っている事などは無かった。

 コレが普通の建築物などであった場合、こう上手くはいかなかったのだろうが。

 更に言えば、足元に転がるゴブリンも未だにピクピクと動いている。

 仕留めきれてはいないという事なのだろう。

 酸欠で気絶している様な状態なのかもしれない。


「各員、見つけた相手の頭を撃ち抜いて進め。トドメを刺せ」


 一声上げれば、そこら中からズパンッ! という小さな銃声が響いて来る。

 一匹、また一匹と動かなくなっていくゴブリン達。

 そのまま足を進めてみたが、やはり囚われている様な人物はいない様で。

 ただただゴブリン達の集団が倒れているだけだった。

 やはり、“記憶”と違う。

 こんなに少なくなかった筈なのだ。

 そんな事を思いながら、ゴブリンの巣を探索してみれば。


「駒使い、アレを見て下さい」


 幾つか枝分れした道の向こう。

 それこそ最後に探索に入った道だった訳だが。

 そこに一人、女の子が寝そべっていた。

 しかも、氷の壁に覆われながら。


「なっ!? 人が……コレは、死んでいるのか?」


 氷に関しては訳が分からないが、まさか先程の戦法で被害を出してしまったのだろうか?

 思わず冷や汗を流しながら横たわった人物を眺めていれば。


「いえ、上空をぶち抜いて空気穴を作っていたみたいで。物凄い魔力量ですね……もしくは元々ゴブリン達から身を守る為にこの分厚い氷を張り続けていたのか。どちらにせよ、彼女は生きている様です」


 ソーナは天井から月明かりが漏れている穴を指差してみせた。

 更には彼女の言う通り、横たわった少女の胸がゆっくりと上下している所を見るに、ちゃんと生きている様だ。

 とりあえず、無事でよかった……この氷が無かったら、間違いなく彼女が眠っているその場所も酸素が奪われてしまった事だろう。

 逆に言えば、この氷が溶けてしまえば俺達の作戦は上手く行かなかったという訳だ。

 循環する空気があれば炎は燃え上がる訳だからもっと早く焼けていたのか?

 いや、全てを燃やし尽くした訳では無いからやはり上手く行かなかったのか?

 ちょっと良く分からないが、とにかく魔物は無力化した上で、生存者は確保できた。

 これは非常に良い戦果。

 だからこそ喜んで良い筈なのだが。


「こんな子が居たのは、記憶にないぞ……」


「私たちは今日この場に初めて足を踏み込みました。だから当たり前です、何を言っているのですか?」


 相も変わらず、ソーナからは非常に冷たい目線を向けられてしまうのであった。


 ※※※


 何度も何度も氷を張り直しても、アイツ等は諦めず私の氷を削ろうとしてきた。

 追手から隠れる為に逃げ込んだ洞窟だったというのに、また別の脅威がこの洞窟に住み着いてしまった時は本当に自分の不運を呪ったが。

 どうやら“スキル持ち”の個体が居る様で、どんどん削られてしまう氷壁。

 それを押し返す様に何度も何度も魔術を行使して、もうどれくらい魔力を使ったのか分からなくなって来た頃。

 頭の中に靄が掛かったかのように、視界がぼやけ始めた。

 まさか魔力切れ? 不味い、こんな場所で気を失ったらそれこそ……。

 なんて思っていた私とは裏腹に、目の前で必死に氷を壊そうとしていたゴブリン達が騒がしくなった。

 一体何が? などと考えている内に、妙な息苦しさと熱い空気が漂って来ているのに気が付いた。

 これ、魔力切れじゃない。

 ただでさえ空気が循環してない洞窟内だと言うのに、誰かが……もしくは何かが洞窟内で火を熾しているのだと気が付いた。

 そんな事をされれば、どうなるか。

 もしもこんな事をしているのが人間だった場合、更には術者であった場合。

 洞窟内での魔術選びを考えなかったのだろうか?

 思わず奥歯を噛みしめ、今まで以上に分厚くぴっちりと通路を氷で塞いでから、体中の魔力を絞り出す勢いで魔術を行使した。

 本当に一か八か、最大威力で小さくても良いから空気穴を作る。

 この洞窟は随分と固い土や岩で出来ているみたいだから、崩落が起きて埋まる……なんて事がないと願いたいのだが。

 それでもやってみないと分からない。

 横は駄目だ。

 現在地が地中である事と同時に、もしも隣にも洞窟が通っていた場合意味がない。

 だったら狙うは上空。

 この洞窟がどこまで深さ、どれ程地中までに掘られているかは感覚でしか分からないが。

 それでも、このままだと死を待つばかり。

 やるしかない。


「使うのは、水。圧縮して、小さく、細く。そして勢いを乗せる事に集中して……」


 正直、馬鹿みたいな魔力が持っていかれる。

 しかも物凄く集中しないとこんな事出来ないので、単独での戦闘向きではない。

 先程までも攻撃に手が回らなくて壁ばかり作っていたのだから。

 でも私は“水”というモノの脅威を知っている。

 細く鋭く、そして勢いをつけた水に……切断出来ない物など、ない!


「いけぇぇぇ!」


 魔力切れ前提という程に、振り絞った最後の力。

 私の魔術はガリガリと天井を削っていき、どんどんと穴を拡げていく。

 もうそろそろ魔力が尽きる、そう実感できる程の疲労感が全身を襲い始めたその時。

 今まで真っ暗だった洞窟内に、月明かりが漏れた。

 本当に小さな、私の掌よりも小さな穴。

 だとしても、今居る空間にしっかりと空気が流れて来るのが伝わって来た。


「コレで、しばらくは……」


 その一言を最後に、私は気を失った。

 あぁ、これからどうしよう。

 こんなに頑張っても、私はここから逃げ出す算段など無いと言うのに。

 ゆっくりと溶けていく意識の中、私は夢の中で呟き続けた。

 もう嫌だ、身体が痛い、疲れた、お腹空いた。

 そんな思考ばかりが飛び交う中、“あの夢”を何度も見た。

 まるでお告げみたいに、決まって夢の中では私を助けてくれる人が居た。

 でも所詮は夢、眼が覚めてしまえばいつだって寂しさに苛まれると言うのに。

 しかし、今日だけは違ったのだ。


「もう大丈夫だ、良く頑張ったな」


 確かに聞こえたその声と共に、温かい掌に撫でられた気がした。

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