第22話 ご飯


「大将がまた何かやらかしたのか? 兵士達が疲れ切った顔しながら、こんな時間に物資を運び込んでたぞ」


「今日は何か豪華、とても豪華」


「最近届く物資の数も凄いですけど、こっちも凄いですね……こんなご飯が食べられるなんて、夢にも思いませんでした」


「ほんと、凄いですよねぇ……何をどうしたらこんなに美味しくなるんでしょう」


 ケイとキリが皆と競い合う様に食事を口に運び、ナナとロナがとろんとした顔で料理を味わっている。

 本日の夕食、駒使いがお土産に貰って来たというやけに豪華な食事。

 ホント、一体何をどうしたらこんなにも大量の御馳走を持ち帰って来る事態になるのか、全く持って想像出来ないが。

 急に王宮に呼び出されたりなんかしたから、皆薄々予想していたのだ。

 彼の指揮能力が評価され、ココ以外の部隊を任されるのだろうと。

 私達にはまた別の“駒使い”が割り当てられ、彼は更なる高みへと登っていくのだと。

 皆何処か暗い表情で彼の帰りを待っていたと言うのに。

 本人はケロッとした様子で帰って来た。

 更には。


「コレ、お土産。俺は物資の確認してくるから、皆で食べていてくれ」


 そんな事を言いながら、大量の食事を運び込みさっさと仕事に戻ってしまった。

 本当に何なんだろうあの人。

 未だ答えの出ない疑問を抱きながら、手近にあった料理を口に運んでみれば。

 あぁ、コレは確かに。

 料理番のナナなど特に表情が綻んでしまうだろう。

 それくらいに、美味しいのだ。

 冷めてしまってはいるが、でも今まで食べて来た物以上に“お高い味”がする。

 これ程の料理など、普通の“駒”ならまず間違いなく生涯口にすることは出来ないだろう。

 私達が特別だ、と言うつもりはない。

 間違いなく特別なモノがあるとすれば、それは今の“駒使い”の存在。

 魔素中毒者である私達に寄り添うかのような態度、誰一人取りこぼす事無く完全勝利のみを収め続ける実績。

 更にはそんな人が、国が重要視する“異世界人”だという事。


「変われば変わるものですね……こんな環境に置かれると、逆に困惑してしまいます」


「ソーナ?」


 ポツリと呟いた言葉をロナに聞かれてしまったらしく、彼女の一言で周りの視線が私に集まった。

 いつからだろうか? 皆がこんな明るい笑顔を見せる様になったのは。

 いつからだろうか? 空腹に苦しまず眠れる様になったのは。

 答えが分かり切っている分、考えるだけ馬鹿らしいのかもしれないが。


「いえ、なんでもありません。そう言えば、駒使いは夕食を済ませて来たのでしょうか? この勢いだと、食事が残らなそうですけど」


「やっべ、聞いてなかった……あ、これ! コレ旨かったぜ! 残しておいてやろう!」


「こっちも、美味。取っておこう」


 ケイとキリが慌てた様子で、取り皿にあまり手を付けていなかった料理を取り分けていく。

 本当に、変われば変わるものだ。


「本人に聞けば分かる事です、ちょっと待ってくださいね」


 そう言ってイヤリングに手を当てた瞬間、丁度良く向こうから通信が入った。


『食事中すまない、皆聞いてくれ。食べ終わった後で良いから、全員倉庫に来てくれるか? 新しい布団を貰った。シーツから何から一通りあるから、手分けして各自の部屋に運んでくれ。それから――』


「ソーナです、了解しました。駒使い、その前に質問よろしいでしょうか?」


 何やら忙しそうに話す彼の言葉を遮ってみれば、向こうからは「どうした?」と軽い雰囲気の返事が返って来る。

 間違いなくいつもの駒使いだ。

 戦闘中の、あの冷たい空気は無い。

 ふぅ、と一つ息を吐いてから。


「駒使いは、もう既に食事を摂られましたか?」


『え? あ~……あぁ、問題ない。そっちの料理は皆で食べてしまって平気だから――』


「問題の有る無しではなく、食べましたか? と聞いています」


『……いや』


「了解しました。貴方の分も確保しておきますので、ご心配なく」


『本当に皆で食べてしまって大丈夫だぞ? 俺は後で何か適当に……』


「最近私達が食べていない筈のレーションが減っている事が判明しました。駒使い、貴方……仕事を優先するあまり、食事を抜いてレーションを齧っていますね?」


 言葉にしてみれば周りの皆は驚いた顔を浮かべ、通話中の相手からは沈黙が返って来た。

 これは、肯定と見て良さそうだ。


「ナナです! 駒使いさん、今の話は本当ですか!? 駄目ですよ貴方こそしっかり食べないと! 何故私に言ってくれなかったんですか! 夜中でも起こしてくれて構いませんから! いつだって作りますよ!」


 食事番であるナナは、とんでもなく怒った様子で叫び声を上げ始めてしまった。

 コレばかりは駒使いも圧に押されたのか、イヤリングの向こうから「ウッ」と苦しい声が聞えて来る。

 まぁ彼の場合、眠っているナナを叩き起こしてまで食事を作れと言う姿の方が想像出来ないが。


「と言う訳で、貴方もしっかり食べて下さい。戦闘指揮中に倒れられても困りますので」


『しかし色々とやる事が多くてな……それにホラ、あのレーション確かにろくに味がしないが、カロリー〇イトみたいな感じで意外と必要な栄養は含まれているらしく――』


「駒使い、それは我々にとっての慰めにはなりません」


『……了解、一段落したらそっちに向かう』


 諦めたらしく、相手からは溜息と共に言質を頂いた。

 よし、とばかりに頷いてみれば周りからは小さな笑い声が漏れる。


「ソーナも、変わりましたね」


 ロナからそんな事を言われてしまい、思わず首を傾げていれば。


「“駒使い”の心配をするなんて、今までに無かっただろお前。ま、俺等もだけどよ」


「今回の駒使いは良い人。私達は、あの人になら命を預けられる。あの人の指揮があれば、少なくとも戦場では誰も死なないって思える」


 ケイとキリの二人も、緩い笑みを浮かべて来る。

 全く、本当に。

 いつからこんな風になってしまったのやら。

 本当に、人生とは分からないものだ。

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