第17話 演習


「行動開始、皆慎重に動け。相手は何処に潜んでいるか分からないからな」


 声を上げてみれば、イヤリングからは軽い笑い声が返って来る。


『ハッ、前回アレだけの事をやってみせた大将が何をビビってんだか』


『駒使い、次の指示を。皆しっかりと警戒しています、当然と思える指揮は必要ありません』


 アレから数日後、俺達は再び仕事へと向かった。

 今回もまた調査任務。

 ケイとソーナは軽い声を返して来るのだが……違うのだ。

 俺は、この場所を知らない。

 前回と違い、この仕事の“記憶”がない。

 だからこそ、事前に指示を出す事など出来るはずがない。

 未だ不安定で気味の悪い記憶や知識は舞い降りてくれず、本当に初戦。

 今回の仕事は“増え過ぎた”らしい人型魔物の群れが、最近ココの洞窟に住み着いたらしいという事での調査。

 そこまで珍しくない、というかよくある仕事だと聞いていたが。

 前回の様子を見るとどうなのか。

 そもそも国自体が彼等の事を軽く見ている節があるので、どうしたって安心する事など出来ない。

 というか危険があるかどうかを調べるのが俺達の仕事。

 可能であれば殲滅、それもまた“上”からの評価に繋がる。

 しかし……。


「駒使いの旦那、あまり駒を早く進め過ぎないで下さい。あぁいう場所では、脇道みたいな通路を平気で見落としちまうもんだ」


 心配そうに声を掛けて来るアイガスの言葉に頷きながら、マップを注視する。

 元々調査されていた箇所、更には今現状彼らが調査した箇所はこのタブレットモドキに反映されるらしい。

 見ている間にもどんどんと更新されていく、非常に便利な魔道具。

 そう言えれば良かったのだが、“更新され続けている”状況が問題なのだ。

 詰まる話、この地は以前の調査から随分と形が変わっている。

 しかも、そこに魔物が住み着いて居るというのだ。

 これで警戒しない馬鹿が居るのなら、そいつは指揮官に向いていないだろう。


「皆無事か? 変わった所があったらすぐに報告してくれ」


 思わず何度も声を掛けてしまう。

 だって今回は、洞窟なのだ。

 皆の姿が見えない。

 だからこそ、此方が知る事が出来る情報は前以上に少ない。

 この目で見えない以上、予想し想像しろ。

 そうする事でしか、正しい指示が出せないのだから。


『特に今の所異常は……っ! クソッ!』


「何が起きた!? ソーナ! 報告しろ!」


 思わずイヤリングに向かって叫んでみれば、何度か発砲音が聞えた後に静かになった。


『岩陰にゴブリンが二匹、隠れて居ました。それだけです、問題ありません。キリが対処してくれました。それから、許可を頂く前に攻撃してしまいました。すみません』


「そ、そうか……よかった」


 思わず大きなため息を溢しながら、その場に腰を下ろしてみれば。


「前回と違って随分慎重じゃないか、旦那」


「茶化すなよアイガス。まだ二回目だ、慎重にもなるさ。俺はあの場に行けないからな」


 アイガスの言葉に皮肉を返してから、ジッとマップを覗き込む。

 今の所、問題はない……様に見えた。

 が、やはりマップを見ているだけでは新たな情報など入って来るはずもなく。

 いや、ちょっと待て。

 さっきソーナは敵が“隠れていた”と言ったか?

 つまり、こっちの襲撃というか……調査は既に。


『っ! まじかよ!』


『駒使い、スキル使用の許可を! ケイ! まだ攻撃許可が下りていません!』


『んなもん待ってられるか!』


 イヤリングからは、怒号と戦闘音。

 そして誰かの悲鳴が聞こえてくる。


「何が起きた!? 報告しろ! またさっきの奴が出たのか!?」


 必死で叫ぶ中、悲鳴は収まらず。

 結局何度も問いかける俺の声に返事が返って来たのは、随分と後になってからだった。


『申し訳ありません、駒使い。自己判断でスキルを使用しました』


「そんな事はどうだって良い! 全て許可する! 被害は!? 皆無事か!?」


 思わず身を乗り出す勢いで洞窟の入り口を睨んでみたが、入り口付近では皆の様子など確認する事は出来ず。

 イヤリングからは、ハハッと乾いた笑い声が漏れた。


『どうやら、他の場所で人間との戦闘経験を積んだ魔物だったようです。武器も持っていました、負傷者……いえ、すみません。死者二人です』


「なっ……くそっ! お前達、今すぐ帰還しろ。コレは命令だ、すぐに戻れ!」


 現在マップに表示された地形を睨みながら、とにかくイヤリングに向かって叫んだ。

 仲間が、死んだ。

 しかも二人も、俺の指揮能力不足で。

 というより皆の報告を待ちながらマップを眺めていただけだ。

 奥歯を噛みしめながら、グッと掌に力を入れてみれば。


『申し訳ありません、駒使い。少々時間が掛かりそうです。こういう“人型”の魔物であれば、そう珍しい事ではありませんが……やられました』


「え?」


 耳元からは、えらく乾いたソーナの声が聞えて来るのであった。


『これより撤退戦を開始します。敵、およそ五十。すみません、囲まれました。しかもやはり、戦闘というモノをよく知っている相手の様です。誘い込まれました』


 彼女が喋っている間にも戦闘音が鳴り響き、聞き覚えのある声で悲鳴がいくつも上がっていく。

 更には。


『クソが! 調べんのが俺等の仕事だとは言え、こりゃマジで捨て駒だぜ! 駒使い、どうする!?』


 戦闘中らしいケイの叫び声も聞こえ、幾度も苦痛を訴える呻き声が返って来る。

 痛い痛い、助けてくれと仲間達の悲鳴が鼓膜にこびり付いてくる。

 あぁ、なるほど……“また”、なのか?

 茫然としながら、彼等の声に耳を傾けていれば。


『駒使い、指示をっ! このままでは全滅……ぐっ!? 放せっ!』


『ソーナ!? 今そっちに……だぁくそ! どけぇ!』


 様々な声を聞きながら、どんどんと心が冷たくなっていくのを感じた。

 通話が繋がっている向こう側では、俺の想像を絶する光景が広がっている事だろう。

 そんなものを耳だけで感じ、想像しながら。

 俺は安全圏で彼等の指揮を執っている

 いや、今の俺は彼らの役に立ててはいない。

 だとすれば、ギャラリーと変わらないだろう。

 何故だ、何故今回は前の様に妙案が浮かばない?

 何で俺はまた仲間達が傷つく声だけを耳にし、何もせずここに立っている?

 様々な思考が飛び交う中、耳元からは戦闘音が鳴り止む事はなく。


『駒使いさん! 助けて下さい! ソーナが、ソーナがぁ!』


 誰かが、そんな叫び声を上げた。

 あぁ、今回は“駄目”だったのか。

 やけに乾いた視界の隅に、その言葉は浮かんでいた。

 まるでVRゲームの警告みたいに、以前耳にしたその言葉と文字が訴えかけていた。


『スキル“演習”を実行しますか?』


 本当に、ゲームの様だ。

 俺がプレイヤーで、彼等はキャラクター。

 しかも不味い事態になれば、気楽に“コンテニューしますか?”とばかりに聞いて来る。

 本当にふざけたシステムで、こういう事態にならないと発揮しない能力。

 もっと早く、皆が傷つく前に発動してくれれば良いモノを。

 そうすれば不味い事態を確認しながら、少しずつでも、誰も傷つけずに状況を進めることが出来るのに。


『大将! 聞えてるか!? 頼むから指示をくれ! 前の時みたいに、俺達を助けてくれよ!』


 ケイの叫び声が聞こえた。

 タブレットを見る限り、もはや全滅に近い。

 それでも未だ諦める事無く戦っている彼らの声が聞えて来る。

 思わず奥歯が砕ける程噛みしめながら、視界の端に映るその質問に“イエス”と答えるのであった。

 俺は、無力だ。

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