第18話 キング
「すまない、ケイ。次はもう少し上手くやる」
『何言ってんだ!? このままじゃ次なんて……あぁぁぁ! ちくしょう! 腕が! 俺の腕がぁ!』
「本当にすまない。だが、俺も“そっち側”に行くから」
『大将! 大将っ! 俺達はどう動けば良い!? 前みたいに助けてくれよ、指示してくれよ! 頼むよ、たいしょ――』
彼の言葉最後まで紡がれなかった。
つまり、そう言うことなのだろう。
なんとなく理解した。
魔力も底辺で、戦闘能力も皆無な俺に与えられた力。
ソレが、“やり直す事”。
死に戻り、タイムリープ。
色々言い方はあっただろうが、こんな戻り方ってあるか?
仲間が、俺が指揮する皆の死がトリガーだなんて。
こんな事なら、自分の死が原因で過去に戻る方がずっと良かった。
いくら心が壊れようと、仲間の為にと戦える人間になりたかった。
しかし、その力が俺には無い。
あるのはただ、勝負に負けそうになった、もしくは負けたその時にゲームをリセットする能力。
詰まる話俺は。
「どこまでも、心を殺せという事か。何度でも、何十回もやり直して。勝利にたどり着く“駒使い”。つまり、本当の意味でプレイヤーだ」
相手の指す手は基本的に同じ、だからこそソレに合わせて駒を指す手を何度も変える。
全体の状況が変わらない様に、小手先の小賢しい手段を全て使って。
現在ある戦力を最大限生かし、目の前の脅威に立ち向かう能力。
普通であれば、あり得ない程低い可能性を探し求める時間を与えられた力。
但し、俺は無能の“キング”であるらしい。
他の駒を使って相手を駆逐し、俺は守られながら高みの見物をするのみ。
それが、俺のスキル“演習”の効果。
文字通り、今の現実を練習試合に変えてしまえるズルい行為。
その代償は、あまりにも大きすぎる心への負担。
何度でも、仲間の死を目の当たりにする事。
「は、ハハハ……完全勝利だけが、俺にとっての勝ちな訳だ。だったら、何度でも挑んでやるさ」
呟いている内に、足元が不安定になっていく。
貧血の時みたいに、ぐにゃぐにゃと地面が歪む感覚。
「それでアイツ等が生きている未来が勝ち取れるなら、何度でも挑んでやる。全員、“次は”生きたまま帰してやる。それが、俺の意味なんだろう? それしか出来ないから、俺はココに居るんだろう? なぁ、答えろよ!」
そう叫んだ視線の先には、フードを深く被った男が立っていた。
顔は見えないし、さっきまでは居なかった筈の人物。
それでも、しっかりと知覚出来た。
アレは間違いなく存在し、尚且つ俺の“スキルに関わる何か”なのだと理解出来た。
『……』
「答えろ! コレは何なんだ!? アンタは何なんだ!? どうやったら“コレ”を攻略できる!?」
グラグラする意識の中叫んでみるモノの、彼は何も答えはくれなかった。
だがしかし、スッと洞窟を指差してから。
『下手くそ』
それだけ呟いたのが、確かに聞こえて来た。
何を言われているのかと、普段なら首を傾げる事態だっただろう。
しかし間違いない。
コイツは、俺の“駒”の使い方を言っている。
俺ならもっと上手く使うぞと言わんばかりに、馬鹿にしたように。
フードの向こうで、彼は失笑を浮かべていた。
「ふざけ、やがって……」
俺を支えるアイガスが何かを叫んでいるようだが、まるで聞こえてこない。
あぁ、駄目だ。
もう、“戻る”。
そんな事を考えながら、重くなった瞼を閉じてみれば。
『いつまでも次があると思うな。もう少し上手くやれ』
男は、それだけ言って姿を消すのであった。
あぁもう……訳が分からない。
※※※
「そんじゃ、行って来るぜ大将」
「ケイ、もう少し緊張感を持ってください。“人型”は何が起こるか分からないんですよ? それは例えゴブリンであっても、です」
次に目を開けた瞬間、出発前の仲間達の姿が見えた。
あぁ、何ともお優しい事だ。
しっかりと“戦闘前”どころか、俺が動きやすい所まで戻してくれるらしい。
まるでゲームの様だ。
それこそ、俺の為の“スキル”といって間違いないのだろう。
そんな事を思いながら、大きなため息が零れた。
思わず気を失う前に見た“奴”の姿が思い浮かぶ。
いつまでも次があると思うな、か。
コレがどんな結末になろうとも、あの黒フードが誰であろうとも。
俺がやるべき事は変らないのだろう。
「待て、お前達。今回は俺も同行する。現場を見ていないと、指示が出せないからな」
そう言い放ってみれば、周囲からは随分と驚愕と奇異の視線が向けられたが。
「旦那……それはちょっと勘弁して下さい。俺達兵士の役目を忘れた訳じゃないんでしょ? 何の為に小隊を連れて来たと思ってるんですか? それとも俺等にもゴブリン退治に参加しろって?」
呆れ声を上げるアイガス達の方を振り返り、乾いた笑みを浮かべてから。
「いや、アイガス達はここに待機してくれ。“俺達”だけでやる」
「待った待った! それこそふざけんなですよ!? アンタに死なれちゃ困るから、こうやって俺達は――」
「“邪魔になる”、それから時間が惜しい。これは、命令だ」
「なっ、はぁ!? 自分の言っている意味が分かってるんですかい!?」
叫ぶアイガスから視線を外し、“駒”を見渡した。
誰も彼も、急におかしな事を言いだした俺に不審な目を向けている訳だが。
それでも、俺もその場に立つべきなのだ。
外から見ているだけでは、何度やっても変える事が出来ない。
詳しい状況が分からなければ、指示の出し様が無い。
だからこそ、現地に向かう。
“キング”だって、盤上に立たなければ嘘というモノだろう。
俺だって常に命を張るくらいの勢いでなければ、この“勝負”は終わらない。
もっと言うなら、あの黒フードの言葉。
もしかしたら、コレがラストチャンスかもしれないのだ。
だったら、いつまでもビビるな。
俺以上の恐怖を、皆は常に味わっているのだから。
そして何より。
「安心しろ、もう“思いだした”。完全勝利に向かうぞ」
それだけ言って、駒の皆を引きつれて歩き出した。
俺はプレイヤーであり、この盤面におけるキングだ。
しかし、ポーンを落すことすら許されない。
というか、俺自身が許さない。
ならば、時には“
「本気ですか? 駒使い、正直……その」
「足手まとい、か? 分かっているさ、そんな事は。俺が一番、嫌と言う程な」
「なら何故こんな愚行を?」
普段以上に鋭い瞳を向けて来るソーナに、フッと笑いながら振り返ってみれば。
彼女の後ろには、もっと不安そうな皆の顔が見えた。
「安心しろ、俺は“駒使い”だ。駒がしっかりと働いてくれれば、落とされる事など無いさ。誰一人として、な」
やけに格好をつけた、というより煽った様な言葉を投げかけてみれば。
皆一斉に眼つきが鋭くなり、自らの武器を確認し始めるのであった。
誰も彼も、やはり意志の強さを持ち合わせている。
例え使い捨ての調査部隊だったとしても、誰もが自身は捨て駒だと諦めている訳ではない。
で、あればだ。
「生き残るぞ、お前達。誰かが死んだ時点で“負け”だと思え。“駒”が減っても悲しむ人間は少ない、ならばこそ全員で生き残れ。隊員の死が当たり前の調査などクソ喰らえだ。全員で生き残り、調査ではなく完全攻略を宣言してやろう。上の仕事は、我々が奪ってやったのだと胸を張って煽り散らしてやれ」
そう言いながら、依頼にあった洞窟へと足を向ける。
さぁ、戦闘開始だ。
今度はもう間違えない、もう誰も死なせない。
それだけを胸に、俺達は暗い洞窟へと足を踏み込むのであった。
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