第6話 駒という存在
“駒”とは、生まれつきとある病に侵された者達が、道具として扱われる時の総称。
この世界には魔法が存在しており、“魔素”と呼ばれるモノが空気中に漂っている。
本来なら体内に取り込み、蓄積される事で“魔力”というエネルギーに変わり、ソレを使用して魔法を行使する事が出来る。
しかし“駒”である彼らはその魔素に対して、とある条件で中毒症状を起こしてしまう状態らしい。
とはいえ手元にある資料だと簡単な症状などが書かれているだけで、正確な事は現在調査中、とだけ。
ただただ“失敗作”として扱われ、奴隷の様な扱いを受ける。
どうにもこの世界、人権などの概念そのものが無い様だ。
あるのは立場と位。
分かりやすい上下の格差がある世界であり、子供だって労働力として育てられる。
不要なら売り、必要なら人を買うのも当たり前の世界。
まぁ、それは今関係ないので良しとしよう。
問題は“駒”の方だ。
弱い立場に生まれた彼等を守る様な法はなく、国に回収され専用の施設に送られる。
そこで育てられる訳だから、一応の救いの様には見えるが。
この時から既に、彼等には自由が無い様だ。
子供でも“駒”として扱いを受け、命令には絶対服従。
その成果によって預けられた“施設”の待遇も変わって来るらしく、誰もが共に育った仲間、または施設に居る育ての親や若い命の為に仕事を拒む事はない。
そして彼等の特徴、確かなものとして残っているデータは。
「皆一様に白、または灰色の毛色をしており、何より……寿命が非常に短い。か」
「はい、恐らく長くとも三十までは生きられないんじゃないでしょうか」
まるで秘書か何かの様な位置に佇むソーナが、他人事のように呟いた。
現在、過去の資料やら彼女の言葉によってこの世界の事をお勉強中。
元居た世界、“向こう側”と随分と違い、とにかく人の命が軽い事だけは良く分かった。
“駒”、または“色なし”と呼ばれる魔素中毒者達は特に。
向こう側なら国が動き治療法を探しそうなモノだが、こちらではそんな事はしない。
失敗作として生まれたのなら使える所で使って、壊れたら捨てれば良いという考え方の様だ。
研究機関の様な場所はあるらしいが、芳しい成果は上がっていないとの事。
なんともまぁ……とは思ってしまうが、俺の価値観を押し付けた所で何も変わらないので、こちらのルールに従う他ないのだが。
「今の所魔素中毒者について分かっている事はこれだけなのか? 本当に結果しか書いてないな」
「必死で治療法を探している訳でもないのに、わざわざ研究する人はほとんど居ませんから。そんな暇がある世界ではありませんので。私達の研究などしている人は、多分変人か何かです」
やはりどこか冷めた様子で、ソーナは言葉を紡いでいく。
最初こそ作り笑いを浮かべていたのに、今では完全にこちらを警戒した様子で無表情を貫いている。
こっちもこっちで、困ったものだ。
「体毛が全て白系統に染まっている事、寿命が短い事。周囲の魔素や体内外の魔素のバランスが崩れると発作が起きる事、これが中毒と呼ばれる原因。後は普通と変わらない」
「それだけ違えば、普通とは違うと思います。死亡率も“普通”とは比べるまでも無く高いので」
だそうで。
はぁ、とため息を一つ溢してから書類をテーブルの上に放り投げた。
ここは“駒使い”の為に用意された仕事部屋。
随分と豪華な作りになっており、何とも落ち着かない。
なんとなくソワソワしながら、違う書類を手に取ってみれば。
「……やはり、これだけは見なくても分かるな」
「気味の悪い駒使いも居たモノですね」
「言ってくれるな」
ここに居る全員のリスト。
彼等のステータスと実績、更には活動履歴などなど。
何故か皆の事だけは“覚えている”のだ、他の事は全く分からないのに。
ソーナの言う通り、自分でも“気味が悪い”。
「まぁ良い。考えても分からない事はどうしようもない」
“駒”は本当にどんな仕事でもやらされる。
その中でも一番多いのは国外の周辺調査活動という名の、戦闘。
魔獣、魔物といったゲームの様なモンスター達が闊歩する世界らしく、それらを駆逐する仕事が多い。
まずは“駒”を宛がい、洩らしてしまった相手を国の兵士が相手をする。
異世界といえば冒険者! なんて思ってみたりした訳だが、そういう仕事は存在しないらしい。
確かに民間人の中でも戦える能力を持つ者は居る。
しかし戦う事を生業とするのは兵士の仕事であり、民は守られながら普通に生きる。
この辺りだけは、“向こう側”に近いのかもしれないが。
「そろそろ良い時間だな、食事にでもしようか」
「では厨房に指示を出しますので、しばらくお待ちください」
そう言って、彼女はイヤリングに手を当てた。
皆お揃いの物を付けていた様に思ったが……アレは?
「……ソーナです。駒使いが食事を求めていますので、何か作って下さい。え? あぁ、少々お待ちを。駒使い、届いた食料ですがどの程度使っても良いのか指示を――」
「何それっ!?」
思わず立ち上がり、イヤリングを指差しながら大声を上げてしまった。
「急に大きな声を出さないで下さい……ただの連絡用の魔道具ですよ」
ビクッと反応した彼女は、物凄く顔を顰めながらペタンと畳んだ頭の上の耳を押さえていた。
そうか、獣人の場合ソコが耳だもんな。
やけに可愛らしい反応だと思ってしまったが、彼女達の場合こういう行動になるのか。
「誰とでも話せるのか?」
「魔道具の波長を合わせれば誰とでも話せますよ、複数人とも会話可能です。当たり前じゃないですか」
「俺も、欲しい」
「……貴方は駒使いです、当然貴方にも支給されます。そもそもコレが無かったら、どうやって離れた位置から指示を出すんですか」
そう言う物なのか。
思わずイヨシッ! とか拳を握ってしまったが、彼女からは非常に呆れた視線を向けられてしまった。
しかし凄いな。
通話すると言う意味だけなら、スマホより便利かもしれない。
何てことを思いながら、ジロジロと彼女の耳に付いているイヤリングを眺めていると。
「駒使い、指示を。私達に食料を勝手に使用する許可は下りていません」
なんか、ソーナがおかしな事を言い始めた。
「どういうことだ? 普段ソーナ達は何を食べている?」
「私たちは“駒”です、基本的に安価で作られるレーションを食べています。料理が出来る様教育された駒も居ますが、それは駒使いの食事を作る為に配属されているだけです。その為ココには料理担当は一人しかいません」
なるほど、予想以上に酷い環境にあるらしい。
こういう細かい所も、これからどんどん調べていかないといけない様だ。
“異世界人”は優遇されるらしいから、少しくらい我儘を言っても良いだろう。
それこそ、最初くらいは存分に。
「キッチンへ行こうか」
「何故ですか? ご指示いただければ、こちらにお持ちしますが」
「いいから。今から行くと伝えてくれ」
「……了解しました」
やけに渋い顔をする彼女を横目に、部屋の扉を開けた。
いやぁ、送ってもらう物資……かなり多くなっちゃいそうだけど。
どこまで王様達は答えてくれるのやら。
何度目か分からないため息を溢しながら、ソーナの案内の元キッチンへと足を向けるのであった。
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